妄想の墓場 | ナノ
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アイスはとけてもあまい



 溶けたアイスが手首をつたう。急激に意識を引き戻されて、反射で彼から距離を取ろうとした。しかし、床においていた反対の手を掴まれてしまう。背後にはベッドがあるし、身を逸らして避けようものならさらに体を寄せられる。
「カルマ、アイスが」
「んー」
「こぼれちゃう!」
 生返事を聞きながら、唯一自由に動かせる片手でアイスを回転させた。垂れ始めた部分をどうにか上向きにしてみたが、こんなものは一時しのぎに過ぎない。カルマはこちらの奮闘などお構いなしに、首筋に額を押しつけては、時おり鎖骨を唇で食む。
 今は涼しい室内だが、炎天下の中、カルマの家まで歩いてきたため、それなりに汗をかいている。あまり近寄られるのは恥ずかしいが、それを気にしていると悟られるのも嫌だった。どうにか仕切り直すことで、場をあやふやにしてしまおうと、私はますます声を張る。
「あぁ〜! こぼれてるこぼれてる」
 ついにカルマが顔をあげた。その不満げな視線を一身に受けながらも、私はあえて空気の読めないふりを続ける。
「床のカーペットがドロドロになっちゃうよ〜!」
 ようやく離れた彼に、私はこっそり息をついた。
「……なんちゃって」
 すんでのところで耐えていた雫を、舌ですくい上げた。まだきれいな床を見下ろした彼は、舌打ちをする。
「舌打ちはひどくない? 部屋汚さずに済んだことに感謝してほしいくらいなんですけど」
「俺を騙そうなんて、えらくなったもんだね」
「本当にこぼれそうだったんだから。ほら! 実際手首まできてるし」
「だいたい近くのコンビニに寄って自分のアイスだけ買ってくるってどういう了見だよ」
「カルマの家まで暑い思いしてわざわざ来てるんだからそれぐらい許してよね!」
「かわいくな〜……」
 ため息まじりの暴言に、ムッとする。私も二人分のアイスを買ってきたことぐらいある。たしかに、もう随分昔の話だけど。
 でもカルマだって、以前はデートの度に色々な店に連れて行ってくれたのに、最近はかなり行き当たりばったりだ。部屋はいつも片付いていたのに、今や色々な物が出しっぱなしになっている。
 不満の数々を頭に浮かべていると、不意に手首に生温いものが触れた。舌で舐められたのだ。完全に油断していた私は「ひゃあっ!」と情けない声をあげてしまう。とたんに、先ほどまでつまらなそうにしていたカルマがにやりと笑った。
「一応、まだかわいいところあったね」
 彼のご機嫌な様子に妙な気恥ずかしさを覚えた。
「何すんの……!」
「アイス、食べ終わったでしょ?」
 確かにアイスはなくなっているが、コーンは残っている。しかし言い返す前にカルマに唇を奪われた。
「つめた!」
「ぬるい!」
 離れた途端にこぼした声が重なった。目が合って、二人して思わず吹き出した。
「……アイス食べるまで待っててくれたんだ」
「こぼされたら嫌だし」
「じゃあコーンも待ってよ。私ここが好きなの」
「仕方ないな。いいよ」
「あとシャワーも浴びたい」
「えー? も〜待てないんだけど」
 げんなりしたように抱きつかれる。まだかわいいところあったね、という言葉は飲み込んだ。

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