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イエスとノーのいささかな違い




目の前にいる同期の彼は、人一倍目的意識を持って訓練に取り組んでいて、こうした色恋沙汰に興味があるようには到底思えなかった。今までエレンと話した記憶をたどってみるけれど、それらしい態度も思い当たらなかった。素直で真っ直ぐな彼は、秘密事が苦手だと思い込んでいたのに、人知れず私のことを考えていてくれたというのか。

正直に同じ感情は抱いていないと伝えようとして、自分が今、彼に思わせぶりな態度を取ってしまったことへと気がついた。それもエレンの喧嘩相手であるジャンのために。この事実を知った彼がどんな風に感じるか、それを想像すると、怖くて何も言えなくなってしまった。

すがるような気持ちでジャンの方を見た。彼の名前を叫びたい衝動にかられたけれど、ミカサの前で一生懸命になっている姿をみたら、とても声をかけられなくなった。私にそうしてくれたように、ポケットから出した紙袋を彼女に渡している。ミカサは表情一つ動かさずに受け取っていたけれど、ジャンは本当に嬉しそうに、貰ってくれたことを感謝していた。

胸に強烈な痛みが走った時、しびれを切らしたエレンが腕を引いた。油断していた私はバランスを崩し、彼の胸に飛び込みそうになる。体が倒れていくまでの瞬間はスローモーションで再生され、宴の喧騒も遠くに存在した。

だからその時、ポケットの中でガサリと鳴った紙袋の音が、静寂の中、耳のすぐそばで聞こえたように感じた。すると全身を雷に打ち抜かれたような衝撃が走り、途端に手首に触れていた体温を忘れた。



私はジャンのことが好きなんだ。



神様の啓示のように唐突に訪れた悟りは、虚しすぎる現実でしかなかった。私が今さらこんなことを理解したところで、まるでどうしようもない。ジャンはミカサしか見えていないし、これからだってそうだ。彼がこちらを振り向く可能性は皆無。目の前の少年だって、悲しい思いをするだけだ。

何一ついいことなんてないと分かっているのに、気づいてしまった感情に蓋をする方法が分からない。このまま彼の抱擁を受けることが最善の策のように思えたけれど、私は寸前で足を踏み込んで、エレンに倒れこむことを避けた。彼は驚いたような表情をした。私は元の距離感を取り戻し、頭を深く下げる。

「エレン、ごめん」

「なに」

「私は、エレンじゃない人が好きなんだ」

予想外の拒絶に表情をこわばらせた彼をみて、罪悪感がふくらんだ。うなだれてもう一度謝罪をすると、頭に熱が触れる。恐る恐る顔をあげて、体温の高い彼の手のひらに撫でられているのだと気づく。

「ちゃんと言ってくれてサンキューな」

「エレン」

「でも俺、諦めないし、これからはガンガン攻めるつもりだから」

覚悟しとけよ、と明るい表情で言うと、エレンは立ち去った。彼を引きとめるのが役目なのに、とてもできなかった。

最初から虚しさや絶望を嘆いてばかりいる私とは全く違う、彼のまっすぐさにただ感心した。まだ少し速めに脈打つ心臓の音を聞いていると、背後から無理やり肩をつかまれ振り向かされた。「おい!」と苛立ちを隠そうともしないジャンに呼ばれ、私は思わず身を竦める。見上げた彼の顔は複雑そうで、きっとどう接すればいいか躊躇っているのだと思った。

「どーいうつもりだよ」

「……」

「俺はてっきり、お前が告白の時間を稼いでくれるんだと思ったんだがな」

ジャンが反らせた親指で差した方へ目を向けると、戻ってきたエレンに付きっきりのミカサがいた。私が彼を解放したせいで、彼女とろくに話すこともできなかったのだろう。

じりじりと詰められる距離から逃げるように後退すると、すぐに背中が壁に当たってしまった。先ほどと逆転した立ち位置に戸惑いを覚える。ジャンは怒っているけれど、まだ冷静さは持ち合わせているらしく、私の言い分を聞こうとしてくれているようだった。

「どういうつもりか言えよ」

「自分の気持ちに、気づいちゃったの」

「はぁ?」

「私じゃ、ミカサの代わりに、なれない?」

ジャンの目が見開かれる。言葉の意味を理解したらしく、動揺が目に見えた。私の横の壁についていた手をどけると一歩引いた。

「何、くだらねぇこと、いってんだよ」

それがやっと返された答えだった。私は元より期待していなかったので、俯いて自嘲気味に笑った。

もしジャンが「ハイ」と言っても「イイエ」と答えても、どちらにせよ無意味だった。思えば私は初めからジャンが好きだったみたいだけれど、今まで彼に投げかけた質問は、どれも私に何の影響も及ぼさなかった。ジャンがどんな答えを出したとしても、私にはなんの関わりのない、私の外の世界での出来事にしかなり得なかった。

もし敗因があるのなら、ジャンを好きになってしまったことそのものだ。まるで望みがないミカサに、あんなにも一途な想いを向けられる彼を好きになるなんて、馬鹿げていた。私はジャンやエレンのようにはなれない。見返りのない感情を抱き続けることを辛く感じるのは、普通のことだと思う。

「いいの、ジャン。忘れて?」

「……は」

「ただ、ジャンの恋に協力する約束はナシの方向で」

呆然と立ち尽くす彼を押しのけて席に戻ろうとする。しかしふと我に返ったジャンが立ちはだかって、私の行く手を阻んだ。見上げると、険しい目つきで睨まれる。

「返せ」

何かを要求するように差し出された手の意味がわからず、「何を?」と聞くと、淡々とした声で「さっきくれてやったヤツ」と言われた。私はようやく、バレッタのことだと合点がいき、無性に寂しくなった。

「なんだ……これぐらい、いいじゃん」

「いーや、返せ」

「ジャンのケチ」

「何とでも言え」

私はポケットから紙袋を取り出した。まだ一度もつけていないくせに愛着がわいたバレッタを手放すのは惜しかった。返されたところでジャンがつけられるわけでもないのに、と恨めしく思いながらも手のひらに乗せてやると、彼は紙袋を開いて中身を確認していた。

「もういいでしょ。帰して」

「いや、まだだ」

今度こそ立ち去ろうとしたら肩を押されて壁に追いやられた。これはエレンを傷つけた報いなのかもしれないと考えた。絶対に叶わない片思いの相手を前に、こんな風に居心地の悪い思いをし続けなければいけないことが、とても苦しかった。

涙がこぼれないように瞬きを我慢していたら、彼の手が頭に触れる。熱を感じたのは一瞬で、パチンという音がした後には髪が重力に引っ張られる感覚があった。顔をあげると、ジャンが得意げな表情で「やっぱり俺の見立てに狂いはなかったな」と誇らしげに言う。

その言葉にもしやと思って頭に触れると、慣れない感触を指がかすめた。彼の手に握られていたはずのバレッタはなく、鏡を見ずとも髪につけられたものが何かを理解するぐらいの推理力を私は持ちあわせていた。

「なに、してんの」

「バレッタを返してもらったのは、対価をなくすためだ」

「……は?」

「お前に好きなヤツができた時は、手伝うって約束しただろ」

視線を斜め下に落とすのを見て、彼が照れていることを知った。

「それが当分なさそうだったから、俺はこのバレッタをやったんだ。でも、お前は好きなヤツできたんだろ。だったらその協力するために、こいつは返してもらわなきゃだろ」

「……ばかじゃないの。じゃあこのバレッタは今なんでくれたの」

「これは、俺から友人に贈るただのプレゼントだ。……つーか、それ、つけてるとかなり可愛いから、お前が好きなやつも、うっかりときめくんじゃねーか?」

だんだんとしどろもどろになるジャンを見ていると、胸の奥で熱いものがくすぶった。その熱は私の体内で波紋のように広がって、水分が吸収されるみたいに、ゆるやかに染みこんでいく。

とうとう羞恥に堪えきれなくなり自分の顔を片手で覆ったジャンを見ていると、泣きそうになっていた自分があほらしくなった。鼻をすすって瞬きをし、涙腺の緩みをリセットする。彼のことを力いっぱい押しのけて隙間を抜け出すと、ジャンが何か言いたげに口を開いた。

「ジャン」

すかさず彼の名を呼んで、振り返る。私はバレッタを見せつけるために、少しわざとらしく髪を耳にかけた。

「せっかくのチャンスまた棒にふっちゃったね」

「あぁ!?そりゃお前が……」

「仕方ないから私、これからも応援してあげる。もちろん、ジャンも私のこと、応援してくれるんだよね?」

本当のところ、彼がどう答えようと私には関係なかった。恋が諦めろと言われてどうにかなるものなら、私もエレンもジャンも、苦労なんてしない。

余裕たっぷりに、普段の口調を意識して問いかけると、ジャンは少しあっけにとられたような表情をした。しかしだんだんと口元をゆがめると、いつもみたいな皮肉っぽい笑みを浮かべて私の頭に手を置いた。

「おう!お互い頑張ろうな。報われねーもん同士!」

ぐしゃぐしゃに髪を撫ぜられて、バレッタがずり落ちそうになった。私はそれに文句を言いながらも緩む口元を抑えることができなかった。




End

130607

「額縁の花」に提出


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