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イエスとノーのいささかの違い




「ジャンってミカサのこと好きだよね?」

立体機動装置のコツを聞くために隣で夕飯を食べていたら、得意げに語るジャンがあまりにも頻繁にミカサのほうを横目に見るので、つい問いかけてしまった。途端に顔を引きつらせ、勢いよくこちらを向いたジャンに、逆に仰天させられた。気づかれていないとでも思っていたのだろうか。

だんだんと赤みを増していく顔を見ていると、なんだか面白くなってきた。言葉の限りを尽くして否定すると予想したが、彼は咄嗟のことで言い訳も浮かばないようだった。観念したように握ったこぶしをテーブルに叩き置くのを見て、ジャンを自分の手のひらで転がしているような心持ちになる。

「ジャン可愛いところあるじゃん。今まですごい嫌なやつだと思ってた」

「うるせぇよバカ。……頼むからこのことは他のやつらには――」

「協力してあげようか?」

哀れな子羊を救う神様のような気持ちで提案してみた。瞬間的に目を丸くした彼だったけれど、すぐに脱力し、呆れたように肩をすくめた。

「は……お前、何が目的だよ?夕飯のパンでも欲しいのか?」

「やめてよ。サシャじゃないんだから」

食事をかっ込んでいたサシャが聞きつけて顔を上げるのを視界の端に見ながら、テーブルに片肘を置いた。頬杖をついてジャンを斜め下から見つめ、にんまりと笑ってみせる。

「ただの好奇心だよ。彼女がエレン以外の男に興味を持てるのか?とか、ジャンの恋が報われる可能性はあるのか?とかね」

「うさんくせえな」

「……じゃあ、今はいないけど私にも好きな人ができたら協力してよ。それならどう?」

ジャンはまだ少し納得がいかない様子だったけれど、協力者ができることに魅力を感じたのか、しばらく悩んだ末にうなずいて見せた。

「決まりだね」

差し出した手を彼が打つ。小気味のいい音が響くのを聞いて、ジャンがぎこちなく笑った。それから私たちは中断されていた立体機動装置の話をしながら食事を再開した。







「ミカサと付き合いたくないの?」

ため息混じりに質問すれば、ジャンはばつが悪そうに顔をゆがめた。せっかく私がミカサと二人になれる機会を用意してやったというのに、怖気ついた彼は会話も早々に切り上げ逃げ出したのだ。

「仕方ねぇだろ……あれだ、腹の具合が悪かったんだ」

「情けないなぁ、ジャンは」

いつもは何かと反論するジャンも、自分の不甲斐なさにうなだれた。面目ねえ、と目に見えて落ち込むので少しかわいそうになった。私は彼の背中を強く叩くと、湿っぽさを吹き飛ばすようにカラッとした笑顔を見せつけてやる。

「なーに、チャンスはいくらでもあるよ」

「お、おう」

「例えば明日の“晩餐”とかね」

晩餐とは私たち訓練兵が勝手に呼んでいる、三ヶ月に一度だけ存在する肉の出る夕飯のことだ。とはいえこのご時世だから、大した量でも品質でもないのだが。それでも育ち盛りの子供たちにとって肉が食べられる機会は喜ばしいもので、いつもより夕食の時間は盛り上がり、ちょっとした飲み会みたいな空気になる。

「いい?晩餐のとき、いつもの席に座っちゃだめだよ」

「あ?」

「ミカサの隣に座るの」

彼がギョッとしたような顔をする。ならんで食事をとる自分達の姿を想像できなかったのか、頬を引きつらせた。

「私がなんとかしてあげるから、ジャンは頑張って話しかけるんだよ?」

彼は開きっぱなしにしていた口を結び、何かを思案するようにまぶたを閉じた。けれどやがて腹をくくったらしく、私を見据えて「頼んだからな」と口の端をあげて笑った。







「ミカサに告白しないの?」

普段よりも和やかな周囲の雰囲気に勢いづいたジャンは、思惑どおりミカサの隣を確保し、わりと積極的に話しかけていた。ミカサはさらに反対隣にいるエレンを気にかけてはいたけれど、それなりにジャンの言葉にも返していた。

彼女がお手洗いに席を外すのを見計らって、私はジャンの元へ向かう。そわそわしながら飲み物を煽る彼の背後に立って話しかけると、不意を突いてしまったのか咽こんでいた。

「おまっ、誰かに聞かれたらどうすんだよ!」

「みんな宴に夢中でジャンのことなんて見てないよ」

「……そーかよ。つか、告白とか早すぎだろ」

「そうかな?けっこういい感じだったんじゃない?」

背中を押してあげるつもりで持ち上げたら満更でもなかったらしく、ジャンがだらしない顔をした。そんな彼をからかいたくなった私は肩越しにパンを取り上げて、ちぎった欠片を自らの口へと放り込んだ。

「あっ、おい!?お前なぁ」

「いいでしょ、ちょっとくらい。労働の対価だよ」

「サシャと一緒にすんなとか言ってたくせにソレかよ。つーか、それなら俺用意してあるから」

「え?何を?」

ジャンが自分のズボンのポケットに手を突っ込んだかと思うと、平べったい小さな紙袋を取り出した。ほらよ、と落としたフォークを拾ってくれたような何気なさで手渡してくる。受け取って中身を見ると、かわいらしい花の刺繍が施されたバレッタだった。意図がわからなくて、探るように視線を向けると、無邪気な笑顔が返される。

「お前の好きなやつができたら協力するって約束だったけどよぉ、そんなのいつになるかわからねーし、とりあえずのお礼な。ほらお前、立体機動装置の訓練のとき長い髪を邪魔そうにしてただろ?」

「そんな、切るつもりだったから良かったのに」

「もったいねーだろ!綺麗なんだから。伸ばしとけよ」

屈託のない彼に、体の中心が締め付けられるような痛みを訴えた。その正体がわからなくて、無意識のうちに胸へと手をそえる。

「……ありがとう」

「いいってことよ」

「でも、これ、ミカサにあげたほうが良かったんじゃない?」

「あー、いや、ミカサにはまた別のもの買ってて……だな。お前が見てて本当にいけそうだと思ったなら、渡すときに告白しようかな、なんてな」

顔を真っ赤にしたジャンが、所在なさげにさまよわせた手を自分の後頭部へ置いてかきむしった。私はどんどん強くなる胸の奥の痛みを抑え込んで、からかうような口調で言う。

「それじゃ、私がエレンのこと誘い出してあげるから、うまくやりなよ」

もらったバレッタを紙袋に戻してポケットにしまいこみ、いたずらを計画する子供のように友人へと微笑んで見せた。

ジャンの隣の隣に座る、エレンの背後に立つ。肩を叩いて耳元に口をよせ、他の誰にも聞かれないように声をかける。

「エレンちょっときて。話したいことがあるんだ」

「あ?なんだよ。ここでいいだろ?」

「いーから来て。二人がいいんだ」

エレンが少し表情を硬くし、緊張をあらわにした。けれど私はそろそろ戻ってくるだろうミカサに見つかる前に、彼を連れ出す任務があったので、気に止めることをしなかった。

なかなか動き出さないので腕をつかんで引っ張り立たせた。状況を飲み込めずにいる彼を率いて部屋の角にある棚の陰へと向かう。ここなら他の訓練兵たちからは見えないし、エレンをミカサから隠せると思ったのだ。狭い空間なので私は収まらず丸見えだが、彼の居場所だけ分からなくすれば問題ないはずだ。ジャンの方を振り向いて、目くばせした。

「なんでこんなトコに来るんだよ」

「静かに。ちょっとだけここにいてくれる?」

普通の声量で喋るエレンの唇に、人差し指を立てて黙らせた。ジャンの方を一瞥すると、ミカサが戻ってきたようで声をかけられていた。きっとエレンの行方を問いかけているのだ。辺りを見渡す彼女の瞳は不安気だ。

「おい、話あるんじゃなかったのか?」

「うん。えっとね……ちょっとだけ待ってほしい」

ジャンがエレンの行方を知らないと判断した途端、ミカサはさっさとその場を後にしようとした。慌てたジャンが腕をつかんで引き止めて、何かを話しかけている。頑張れ、と心の中で強く念じていると、掴んでいたエレンの腕が振り回されて意識を戻された。

「心の準備がいることなのか?」

「え?」

「待てっつったろ。視線も泳がせてるし……」

どうやらジャンとミカサを観察する私を見て、言いよどんでいると思ったらしい。エレンが心配そうな表情をしているので、可笑しくなってしまった私は少しだけ微笑んだ。

「違うよ、大丈夫。あのね――」

「お前が言わないなら俺が言っていいか?」

事情を説明しようと口を開いた私を遮るようにエレンが問う。「何?」と首をかしげると、握っていたはずの手首を解かれ、逆に握り返された。手のひらの熱が伝わって、そちらに意識が傾く。だから、彼が突然吐き出した「好きだ」という言葉の意味がわからなくて、反応が遅れてしまった。顔をあげるとまっすぐな瞳が向けられていて、手首を握る手に力がこめられる。

「俺、お前が好きなんだけど。お前もそう思ってるって考えていいの?」

予想外の展開に、思考が追いつかなかった。口を開けたまま固まっていると、「なあ」とエレンが返事を促す。私はひどく混乱した。




つづく