一撃男 | ナノ


▼ 地図の見ずに行く道の末には

メンテナンスが終わり、俺は先生のご自宅へ道を歩いていると

考え事していたとはいえ、なんて不覚なんだ…!俺は彼女がこちらへ向かってくる事にすら気づけなかったようだ


「ジェノスくん、これからサイタマさんの家に行く途中?」

「はい!先生の家に帰ります!」

「うん、帰るって、まぁそうなんだね」

「七面鳥の蒸し焼き娘さんは、どちらへ?」

「ジェノスくんと同じ我が家へです」

「俺も我が家へです!」



行先も同じだとわかり、七面鳥の蒸し焼き娘さんが両手に持っていたスーパー袋を代わりに持つことにしたが、案の定彼女はそれをよしとはせず粘った


筋肉鍛錬になるから、と理由をつければ「無理をしないでください」とだけ俺に言い、しぶしぶ諦めてくださったようだ


しかし、俺はサイボーグなので筋肉鍛錬はあまり効果がない



「七面鳥の蒸し焼き娘さんは、仕事の帰りなのでしょうか」

「うん、バイト先が隣の市なんです」

「隣の市、この市でもバイトなら何らかの形で見つかり便利なのでは」

「家には近いかもしれないけれど、給料不安定なんですよねこの市」


給料が不安定とはどういうことなのだろうかと考えていると

俺がわかるように付け加えて説明をしてくださった


「この市って危険区だけあってお店の収入も不安定なの、それで給料に影響しちゃうんですよね…なので、給料が安定してる隣の市で働いてるんです」

「なるほど、ご説明感謝します」

「ジェノスくんは律儀な子ですね、そんなに硬くならずともいいかと」

「いえ、そういうわけにはいきません!」


目上の女性、そして先生のご友人というだけで雲の上の存在とまでいかずとも

俺にとっては大地の上の存在だった

それを話すと彼女は笑って「それ私たちですよ」と言ってきた


「飛んでも、浮かんでも、跳んでも、私にはやっぱり」


彼女は少し空を見上げ独り言のように話しているようだった


「みんな、地上に帰ってきてひとやすみするんです」

「サイタマ先生も、でしょうか」

「もちろんだよ、彼も人間で…私達と同じです」

「…俺は」



サイボーグなので一緒ではないと、そう言葉をかけようとしたのに

俺の中の何かがそれを止めた



「先生に追いつけるのだろうか」

このまま、俺が返さずにいると気まずい空気が流れることを危惧し

代わりに別の言葉で代弁した



「追いつく必要はないと思います」


その言葉に俺は彼女へ視線をうつした


「サイタマさんに追いつくってことは全く同じ道をたどることです」


先生と同じ道、でももしそれで強さが手には入れれば、そう考えてた矢先、七面鳥の蒸し焼き娘さんにそれを否定された、俺にはできないとハッキリ言われてしまった

反論しようにも、自分を正す言い分が見つからなかった




「うーん…、ジェノスくんはサイタマさんと同じゴールだけ目指していけばいいんじゃないかなって勝手に思ってます」






たとえ先生と同じ道を選んでも

例え先生が提示してくださった練習メニューをこなしても


俺が、先生と同等の力を得られる保証は俺すらできない


自分自身も、それに気づいていた



「ジェノスくん」

「はい」

「サイタマさんもお腹が空いてたらヒーローできません、それはきっと私たちも一緒だと思うんです」

「…一緒、ですか」

「そう、それにせっかく師弟関係なら「いえ」…ん?」

「先生は、俺を弟子として正式に認めたわけではありません」



どうすれば、



弟子にしてもらえるんだろうか




どうしたら、



自分も先生や七面鳥の蒸し焼き娘さんと同じ人間であると疑いなく信じられるのだろうか





「私なりにジェノスくんはだらけたり怠けたりしない子だと思う」

「え」

「ときどき可愛い部分はあるけれど、ジェノスくんはすごく頑張り屋さん」

「…はい」

「それこそ、誰かがジェノスくんに言わなきゃ休む暇さえ自分に宛てない」

「…すみません」

「だから、一生懸命なジェノスくんには後は待つだけでいいと思います」





だから今は何も考えずにいろと言われた、まだ納得はできていなかったが「待てば海路の日和ありですよ!」という彼女熱弁の理論をされ、整理はつかないが今晩だけでも、彼女の言ったようにしてみようと思い、実行に当たることした


それから、料理の話をしたり、今晩は俺の作る晩御飯を食べにきてくださるという他愛もない話が続いた


まるで、自分が本当に彼女と同じような人間だと

サイボーグである自覚など忘れて



もう、記憶にはないまだ小さい頃に友人達とした他愛もない話をしているようで


これを、何に例えればいいのだろうか



「七面鳥の蒸し焼き娘さんは、俺にとっての…」

「なかなかいきなりですね」



答えを出さずにいると、もうアパートについてしまった

覚えてたらまた聞かせてくださいとだけ言い残し、彼女は自分の階につき自宅へ戻っていった



俺はサイボーグなのだから、自分から記憶を消去するかメモリーさえ壊されなければ忘れることなど永久的にないのに



「俺を人間として、見てくださってるんですね」



サイタマ先生の家の前、ドアを開ける前に俺は誰に言うでも、伝えるでもなく


自然と唇が動く


ありがとうございます、小さな声で呟いた


いつもと同じようにドアを開ければ、先生がいつもの格好でいた


「…また来たのか、ジェノス」

「はい!今晩は先週から若者の間で話題のベトナム料理を作ります!」

「いや、どーでもいいわ!」


俺はさっそく材料を冷蔵庫から取出し夕飯の支度をする

その間、先生は何かぶつぶつ言っているようだが今の俺は、この料理を完成させることが何よりの使命



七面鳥の蒸し焼き娘さんの言うように、今は待って、その時がくるまで


サイタマ先生のサインを見逃さないように



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