「えええええ!!?」
ある日、屯所に大きな声が響き渡った。
平和な昼間にはおよそ似つかわしくない声に土方と近藤は会議を中断して悲鳴が聞こえた方へと急ぐ。
叫び声は副長室の近くから聞こえてきて、そこには灰になった部屋だったものとボロホロになって立ち尽くす名前とそんな名前の肩を掴んで呆然としている山崎がいた。叫び声は山崎のものだったらしい。
「……え、なに、どういう状況?」
「おい山崎!何事だ!」
「名前ちゃんが……」
震える声で何とかそう言った山崎の言葉に土方と近藤の視線は未だ微動だにしない名前に向かい、土方は名前の腕を掴んだ。
「おい名字、どうした」
「……」
腕を掴まれて振り返った名前はいつも通り無表情だが、土方を見ると微かに驚いたような表情を浮かべた。その表情を疑問に思った土方だったが何も言わない名前に痺れを切らせてとうとう声を荒くする。
「何があったって聞いてんだろ!」
「っ!」
名前はその大声に肩を震わせて目を見開いた、そして……
「し、らない……」
「……は?」
「わたし、しらないもん……」
「……え?」
いつもの彼女からは想像もできないような事を言ったかと思ったら黒い瞳から大粒の涙をボロボロと流し始めた。いきなり泣き出した名前に近藤はもちろんのことさすがの土方も驚いて言葉を失ってしまう。
やがて涙が落ちるスピードが早くなり、名前は本格的に泣き始めてしまった。
「う、うえぇ……!!」
「え"え"え"誰これェェエ!!?」
子供のように表情を崩してわんわんと泣き出す名前に戸惑う土方と近藤を横目に山崎は戸惑いながらも腰を屈めて名前と目線を合わせるとニコッと笑い頭を優しく撫でてやる。
「ごめんねビックリさせて、怖かったね」
「ひっく……っく、」
「よしよし」
優しい声色であやし続けるとやがて涙は止まり、土方はホッと息を吐き近藤は山崎に近付くと名前を刺激しないようになるべく小さな声で話しかける、
「一体名前ちゃんはどうしたんだ」
「……んー。……君のお名前教えてくれる?」
「名前……?」
「うん」
「……名前」
「そっか、名前ちゃんか。じゃあ名前ちゃんは今何歳なの?」
「…五さい」
よく言えました、と頭を撫でる山崎だがその笑顔は引きつっており近藤と土方は絶句した。
目の前の少女は17歳のはずだ、それなのに今彼女は五歳と言った。本来なら何言ってんだと小突いたりするのだが今の名前の表情や立ち振舞いは子供らしくて否定しようとした言葉が出てこない。
「……おい、山崎」
「見ての通りですよ、名前ちゃん頭打って中身が五歳になったみたいです」
「頭打って……?」
「副長の部屋に仕掛けられてた地雷踏んだらしいですね、倒れてるとこ見つけたらお兄ちゃん誰?って言われたんですよ」
「へー、俺の部屋に地雷……ねぇ」
そんな事をする奴は真選組内で、いや世界中で一人しかいない。土方は額に青筋を浮かべると頭の中で地雷を仕掛けた犯人を特定し叫んだ。
「総悟ォォオ!!どこ行きやがったァァア!!」
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「何ですかィ土方さん、俺は見ての通り忙しいんでさァ」
「昼寝してる奴のどこが忙しいんだよ!てめぇだろ俺の部屋に地雷仕掛けたバカは!!」
「あー、やっと引っ掛かりました?」
「……俺が引っ掛かった方が良かったっつーの」
「土方さん、それどういう……」
意味ですかィと言おうとした沖田の耳に女の子の泣き声が届いた。土方はげんなりしながら局長室の襖を開く、そこには……
「うあああん!」
「局長!あんまり近付かないでくださいって!名前ちゃん怯えてますから!!」
「俺のどこがそんなに怖いの!?」
「ひげ……!」
「ひげ!?どうすればいいの!?全身脱毛すればいい!?」
涙目になりながらも名前に近付き山崎に追い払われる近藤と泣いている名前を必死でなだめる山崎と、泣きながら山崎に抱きつく土方の着流しに身を包んだ名前がいた。
沖田は一通りその惨状を見て何とか理解すると頭を抱えている土方に「何事ですかィこれ」と問う。
「話すと長いが元を正せばお前のせいだ」
「マジでか」
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