望郷。 | ナノ

エピローグ


「なあ……」


名前を、呼ばれる。
振り向けば、腕を引かれて……膝の上。

ぽやぽや座った芝のなか。辺りを覆う新緑は、わたしたちの家の庭。
やっと下草が生え、球根ものの芽が伸び始める……春の、ほんの始まり。ちなみに、管理人は銀色のアンドロイド。
早生まれのモンシロチョウが、草地の上をひらひらする。


「なんだ?」


返事のあと、背中のうしろで微笑む気配。そっと開いた口からは……まどろむように柔らかな、おと。


「……おまえさ」

「うん」

「……みんなに会ったって、言ってたよな」

「うん」


こくこくと頷いていれば……指先が顎をくすぐってきて、思わず笑ってしまう。


「……なんて言ってた?」


穏やかな声。
……それに、促されて。あの、夢幻のような……あわい、うす青色の邂逅を想う。
想って……堪らず、ぷっと吹き出してしまった。


「……小言かなあ。あとは、これからの方針のような」

「なんだそれ」


……彼もまた、おかしそうに笑った。

そよ風のなか、若葉がさわさわ揺れる。溶け入りそうな緑色。互いの声が、庭の草木へゆるやかに染み込んだ。……陽射しは、あたたかい。

一頻り笑いあって、相手はこちらのつむりを撫ぜる。


「……また、会いたいか?」


ぽつりと、そう問われた。


「……まあね」


肯定して頷けば、ぎゅっと抱きしめられる。
……やっと見つけた迷い子を、離すまいといだくような……つよい、抱擁。
ひしりと閉じた指のまに、ちょっぴり苦笑して……続ける。


「……でも、きっと会えると思うんだ」


もう、かつてのように……空振るばかりの焦燥で、焼け付きそうな呵責はない。

……きっと、何処かで。
あれから、その想いは……純なかたちで、すとんと胸に馴染んでいた。


「……やっぱり、帰りたいか」


そう、伝えたかったのに。
……取り違えた早とちりが、さみしそうに笑うので……慌てて言い加える。


「そうじゃないんだ。……そうじゃなくて……わからないけれど……その…」


言い淀む、この声を……相手はじっと待っていた。


「……なんだか……どうしてだろう。……きっと、いつか……また、会える気がするんだ」

「……そうか」


諦めの悪い奴だと、呆れられただろうか。
……既往きおうの影に取り憑かれ、何もかもを取りこぼす愚者だと。


「……それは、楽しみだ」


くすりと、笑う声。
おずおずと見上げた先には……しかし、嬉しそうに目蓋を下ろした白皙があった。


「……だろう?」


ほっとするのと同時。途端、得意になったこちらもまた……ふふんと笑う。


「おまえは勘が良いから」

「そうとも、頼りにすると良いぞ」


大威張りで胸を張れば、くるくる耳介を撫でられた。くすぐったいからやめてくれと、その手をぺしぺし叩く。じたばたと暴れた周りで、ちょうちょがひらひら逃げて行った。
一匹、二匹……日に日に増える、あのやさしげなひとひら。逃げたと思えばまた増えて、それらは辺りをふわふわ飛ぶ。

……見とれていれば、白い手のひら。舞い飛ぶ翅の色とも似て……やっぱり、慈しみに満ちた色。
そっと、この身を引き寄せられ……唇は、やわらかく触れあう。


………あ、きがついた。
いま、しあわせだ。


「……それまで、二人で待っていような」

「うん、名案だな!」


fin.


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