暖色の雪原


【あてんしょん】


二年前のドレークさんとアホの子。
長編より少し先の話。具体的には頂上戦争後、冬島でのおはなし。
新世界の気候については、冬島の時のアニメを参考にしています。
長編は進んでませんが、彼女はドレークさんの所のクルーになりました。





****







ひらりひらりと、絶えることなく、鈍色の空から降る純白。

赤く霜焼け始めた手のひらで受け止めれば、見る間にじわりと透き通り、小さな雫に姿を変える。
積もりゆく雪は、後から後から降り続く。


「ねーえドレーク、なんだかとってもワクワクしない?」


今となっては遠い、とおい故郷に想いを馳せれば、そっけない返答。


「…特に何も感じないな。」


振り向くこともせずに、ただひたすら前を歩く彼は、とても無愛想だ。

眩しいまでの辺りの白さに、ふと昏い空を見上げれば、純白のそれはたちまち灰色となり、焼け跡に積る灰塵のよう。


「そうかなあ…わたしはとっても懐かしいんだけれどもねえ…」


わたしにとっての故郷の雪と、彼にとっての故郷の雪とが、随分違った思い出なのは、知っている。


「でも、だって、とっても綺麗じゃない」


足元にあった雪塊を爪先で転がして、小さな達磨もどきを作る。
うんと幼い頃の思い出に、一人にこにこしていれば、列から離れるなと叱咤が飛ぶ。

はあいと気のない返事をして、彼のすぐ後ろをうろちょろした。
少し後方では、北の海出身でない船員の皆さんがガタガタ震えているけれども、わたしたちはへっちゃら。


「わたし、雪は好きだなあ…」

「……俺は…分からん」


どうしてって、聞かなくても分かる。
彼の故郷は、彼にとって好きな場所ではなかったから。

わたしたちは、二十年近い付き合いの幼馴染。
そんなわたしでも知らない、うんと過去の幼い彼は、この無情なほどの白い色に、きっと酷くいじめられたのかしら。

そんな事を考えながら、吹雪く風にひらひらする彼のマントを捕まえて、ぎゅっと握る。
そのまま伸ばしてみたり、ばさばさやってヒーローごっこをやったりしていたら、止めろとばかりに手を払われた。

むう、地味に傷つく。


「……注意を散じるな、いつまたあの氷柱が降って来るとも知れん」


不満たっぷりに頬を膨らませれば、無表情に口を曲げた顔が、少しだけ困ったように眉を上げた。


「そうね、新世界はいやーな気候の所だよねえ…」


わたしはさっきから、彼の顔が硬いままなのが気に入らなかったみたい。
だから、そんなちょっとした変化が嬉しくて、機嫌はたちまち治ってしまった。

突然また、にこにこし始めたわたしに呆れたのか、大きな溜息が聞こえる。


「本当に…あのつららは危ないねえ…」


そんな事を言い合っていると、また空がごうごうと言って、大きな氷柱がいっぱい降って来る。


「おーおー、こわいこわい」

「……おちゃらけるな、後ろの心配をしろ」


どすどすと地面にささる、人よりも大きな氷柱に、後列の皆さんはぎゃーぴー慌てて避けている。
対するこちらは楽なもので、墜ちる軌跡を読んですーいすーいと障害を躱す。生まれ持った覇気って、とっても便利。
対する彼は、武練で身に付けたそれと、生来の勘でそれを避ける。

もう、この天からの巨大氷柱に何度目の奇襲をされたか分からない。
初めはスリリングでエキサイティングだったけれども、好い加減慣れたし、飽きた。


「………暇だなあ…」


どわあと大あくびして、伸びをするわたしに、またも呆れた視線が刺さる。
それは無視することにして、コートの懐をごそごそ漁り、目当ての物を口へ放った。


「……何を食っている」

「さっき、近くにあった民家のおばーちゃんから貰ったミートパイ」

「…………お前は…また、目を離すと何時の間に…」


パイは心なしか凍り付いているけれども、おいしい。
冷たーく細められた目が、『食い意地の張った奴め』と言いたげだ。


「ねーえドレーク、今更だけど、その格好で寒くないの?」


『知りませんよーだ』とこちらも視線で返して、意図的に話題を逸らす。


「………大した事はない」


彼はいつものお腹丸出しスタイルに、ただ首巻きを巻いただけだ。この酷寒の冬島で。
そんなにその丸出しスタイルにこだわりがあるのかしらんと勝手に考えていれば、またも険しい視線。
彼にはわたしの考え事なんて、全部筒抜けなのだ。

それは、ずっと昔からそう。


「………お前こそ、手袋も付けずに此処まで出歩いて……凍傷にでもなったらどうする…冬島を舐めるな」

「……それ、お腹丸出しのそちら様にだけは言われたくないなあ…」


それから、お母さんみたいに口うるさいのも、ずっと変わらない。

昔はただただうっとおしかったけれども、親元を離れてみて、そのありがたみが初めて分かった。
…いや、別にドレークは親じゃないけれども。ありがたみという観点でね。

ずっと久しく離れていて、会うことも出来ないでいて。

だからこそ、こうして世話を焼いて貰えるのが、実は嬉しくて嬉しくて、仕様がないわたし。


「…えへへ、」

「……………」


そんなわたしにやっぱり気付いているのか、呆れた視線はまだ逸らされない。

ちょっとだけ恥ずかしくなって、意識を他へ移してみる。


「ねえ、お腹、寒くないの?」

「……特には、何も」

「ふうん、見てるこっちが寒いんだけどなあ…」


腹巻きでも編んであげようかしらと思いあぐねていれば、お前は編み物なんか出来ないだろうと皮肉を貰った。
また、見透かされている。


「いいもん、誰かに習うから」

「…それで俺の所へ習いに来るのか? 本末転倒だろう」


確かに、うちの船で編み物なんて高度な母性能力を要求される芸当が出来そうなのは、彼しか居ない。


「…なにさ、人の親切心を馬鹿にして…」


つまんなーいと雪を蹴れば、悪かったと頭をぽんぽん叩かれる。
なにさ、もう三十路も近いっていうのに、その子供扱い。

不満そうな顔を装ってみたけれども、やっぱり彼に触れて貰えるのは、うれしい。
子供じみた感慨に、またも雪を蹴っ飛ばし、気を紛らす。


「……ねえ、ドレーク、」

「…………何だ。」


五歳の時から、ずうっと一緒で。
彼はずうっと、お母さんみたいにわたしの世話を焼いてくれて。

わたしの事は何でも分かってるって顔をしてくるのに、わたしは彼のこと、全部が全部は分からない。

だって、彼は変わってしまったから。


「…ねえ、やっぱり、雪は嫌い?」

「…嫌いだとは、言っていない」


こうして、ずっと先。わたしたちには見えない先の事まで全部見通して、船のみんなを連れ歩く彼は、知らない物語の、寡黙な英雄みたいで。

ずうっと一緒だったのに。

わたしはまだまだ、この船の新参者で。
時々、少し、わたしは不安になる。


「わたしはね、雪がすき」

「…………懐かしいからか?」

「ううん、違うの」


しんしんと、雪は降り続く。
さっきまでの轟音が嘘みたいに、全部の音を吸い込んで、ただただ白い。
白くて、冷たくて。
それでも少しだけ、心を柔らかくする。


「……あのね、雪は音を吸い込むでしょう?」


内緒話するみたいに、彼の耳元へ口を寄せる。
後ろのみんなは、巨大なつららに立ち往生して、まだまだここには追い付かない。

辺りは、白い。
よくよく目を凝らさなければ、上も下も分からないくらい。


「…こんなに白くて、静かでしょう? そうするとね、ほら、まるで世界に、わたしとあなたの二人っきりみたい」


他の誰も、白い平原の中にはいない。
そんな錯覚に、孤独のような、安堵のような複雑な気持ちになる。
そっと握ったごつごつの手は、あんなに寒そうな格好なのに、手袋越しでも何故か不思議と温かくて。


「………他の奴らを、勝手に遭難させないで欲しいのだが」


そう言って、振り解かれると思った手のひらは、どういう訳だかぎゅっと握り返されて。


「…………まあ、そういう解釈も……悪くはない」


耳元で、寡黙なテノールが歌う。
足元のおぼつかない雪道で、わたしは踊るみたいに、その腕にいざなわれ、彼へと吸い寄せられる。
その近さにはっとした時には、少しだけ乾いていて。でも、柔らかい、彼のそれが唇に触れていた。


「!」


奇跡のようなあの邂逅から、幾度も幾度も、彼はわたしに触れてくれた。

頭が堅くて、寡黙で、シャイな彼だから、もちろん人目のないところで。
何度も何度も、こうして口づけをくれた。


そう、まるで、昔みたいに。
そう、まさに、昔と同じ。


少しだけ引き攣るような口角の上げ方で、彼は微笑みを示す。
ずっと、ずっと、変わらない彼の癖。


変わっていたものなんて、なにも、なにもありはしなかったのだ。



「…ねえ、ドレーク。」

「………どうした」

「わたしね、地の果てでもあなたに付いて行くよ」

「………ふ、それは……あいつらにも言われたな」


賑やかな、船員のみんなの声が近づいて来る。


「…ん…じゃあ、地獄の果て」

「それも言われた」

「………んんん…じゃあ……お墓まで」

「随分と陰湿だな」


胸に潜り込むようにして着けた額が、彼の鎖骨と触れ合う。
まるで、雪原じゃないみたいに温かい。
くつくつとそこが揺れるのは、きっと彼が笑っているから。

言い得て妙とばかりに、わたしはぱっと顔を上げる。


「ねっ、そうよ! わたし、あなたの棺桶の中まで一緒に行ってあげる!」

「………そこまでは……言われた事が、無いな」


見上げた少し上の顔には、渋そうな、呆れたような苦笑い。
でも、わたしは分かる。
目を逸らせば、消えてしまいそうなほどに淡い、その中に隠された、本当の微笑みが。

うれしい、うれしい、うれしい!

わたしは子供みたいに破顔して、彼の顔をぐっと仰ぐ。
両腕を、その首元にぐるりと回して。


「わたしね、ドレークがなに考えてるか、昔からあんまりよく分かんなかったし、今も分からないけれど…でも、付いて行くよ!」

「…そうか」


これから、わたしたちは物凄い海賊に喧嘩を売りに行く。
彼らしくない、合理的でない方法だ。

でも、わたしは疑わない。
もう、わたしは迷わない。



「ずっとずっと、ドレークと一緒にいるよ!」



声がでかいと、いつものように彼はわたしを窘めなかった。

そっと頭に乗せられた手の、その温かさに。
わたしは零れそうなくらい目を見開いて。それからまた、いっぱいに笑った。
辺りはこんなに寒いのに、体はほかほかとしている。

やっとの事で氷柱の山を迂回出来たのか、仲間のみんなの姿が見えた。
同時に、ひゅーひゅーだのやんややんやだのといったお茶らけたヤジも。
何だかよく分からないが船長とシルバーナさんが人前でくっ付いている。珍しいからヤジを飛ばしておこう。とでもいった魂胆だろうか。

まるで祝福のファンファーレのように、彼らの口笛は止まない。


「………シルヴィー、まるで全身霜焼けたみたいだ」


そう、彼に言われて初めて。わたしは、自分の顔が真っ赤なのに気が付いた。
今更恥ずかしくなって、雪を溶かす勢いで縮こまってみたけれども、続々と到着するみんなに散々からかわれる。

うるさいな、放って置いて下さい。いっそ上から土でも掛けて埋めて下さい。
あああ埋まりたい。ジャガイモになりたい。


「………シルバーナ、蹲って居ないで急げ。」


一方の彼は、わたしからぱっと手を離すと、また元通りの仏頂面に戻って、先へとずんずん進む。

なんて切り替えの早いこと!
一体、誰のせいだとその後ろ姿を睨めつけてみた。


「…もう!ドレークのばか!」


少し吹雪き始めた風のせいで、その肌の色はよく分からない。

でも、なんだかほんの少し、その白い肌が紅色に染まっていた気がして。
わたしは大いに、その溜飲を下げるのであった。








(あたたかい、わたしたちの手のひら)






****


うーんどうにも拙い文章で申し訳ありません。
どうしてもここのヒロインがアホなせいで、文章までバカになってしまいます。(責任転嫁すんな)
カイドウに喧嘩売りに行く直前に何やってるんでしょうね、この人ら。

シャボンディで再会してから、彼女はドレークさんの船に乗った訳ですが。船には海軍時代の顔見知りも多いですし、天性の性格もあって彼女は船に大いに馴染みました。本当に新入りかお前ってくらい馴染みました。馴染みまくりました。
でも、やっぱり、心の底では"海兵"だったドレークさんと"海賊"であるドレークさんとのギャップに戸惑っていたようです。
戸惑いは中々消えなかったようですが、今になって完全に霧散したかな?

長編を書いていた頃とは色々設定とか作者の心理が変わってきたので、色々違いますが、ご容赦下さい。

ここまでお読み下さり、ありがとうございました!

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