プロローグ



「三途、あまり面倒事は起こすな」

 銃口を下ろした瞬間、扉の横に立っていた鶴蝶が静かにそう言った。ただでさえ腹立たしくて仕方がなかったというのに、発砲してすっきりするどころか胸糞悪くなって終わりだ。隣に腰掛けていた灰谷兄がにやけた顔をして視線を寄越すのもなおさら。頭部に一発。距離も近かったため綺麗に脳幹部分にできた穴からはじわじわと溢れるように血が流れ、打たれた本人はみっともなくソファの上で事切れている。何度見ても気分がいいものではない。苛立ちのあまり、オレは思わず舌打ちをした。

「殺して当然の態度だっただろ」
「だとしてもだ。少しは後処理のことも考えてくれ」

 眉間に皺を寄せた鶴蝶に灰谷兄が「あーあ、さっさと帰れるかと思ったのに。ま、オレは帰るけど」と煽るように笑う。もう一度発砲してやろうかと思ったが、それこそ面倒なことになるのでひっそりと怒りを鎮めながらピストルを仕舞った。
 取引の最中に舐めた態度を取ってきた相手が悪い。そもそも梵天と知っていながらよくもまああんな発言ができたものだと感心するくらい、おつむの悪い男だった。相手組織の者なのか、はたまた雇われのどうでもいい人間なのかすらわからないが、大した役でないのは間違いないだろう。しかし目の前の男が相手組織の人間だったなら、鶴蝶の言う通り面倒なことになりかねないのでそうも言っていられない。まあ、それを調べあげるのは大抵鶴蝶か九井なのでオレには関係ないのだが。

「オレはマイキーに報告してくる」
「おい」
「死体の処理なんか雑魚にやらせりゃいいだろ」

 ただでさえ埃っぽい部屋で気分が悪かった。苛立ちを抑え込むようにして両手をポケットに突っ込み、ヒールを痛めつけるように歩く。背後から文句が聞こえてきたがいつものことなので全て無視だ。ああ本当に苛々する。あの男がまるで当時を知っているかのようにマイキーの名前を口にしたことも、それらの会話を聞いて平然としているあいつらも、なにもかもが気に食わなかった。しかしそれを解消する方法などなにひとつなく、たった今オレにできることと言えば、幼いころからひたすらに己のなかに積もり続けるそれ──オレを突き動かす、言葉にしきれないものたち──を眺めながら前に進むしかないのだ。それ以外は捨ててきたのだから。

 今日のこの胸糞悪い日がただのきっかけに過ぎないことなど知りもせず、オレはその日、足音を消すことなく部屋をあとにしたのだった。




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