自分がこんなに我慢強い方だとは、XANXUS自身も思ってもいなかった。
 なまえが再び自分の目の前に現れ、傍に居たいと喚いてる時は正直な所、鬱陶しいと思いながらもどこか自分も彼女を求めていたように思える。
 自分と同じように死ぬ気の炎を灯す子供。親に売り飛ばされ、ボンゴレに引き取られたと話を聞いて半分は無関心、もう半分は哀れだと同情した。力が強い訳でも無く、ただ炎を灯せるだけの存在。自分とは違い、此処には彼女の家族は居ない。どうやらその子供は周りの大人を信用出来なくなっており、返事も時々しか返ってこず、抜け殻のようになっているらしい。XANXUSは自分には関係ないと一蹴した。
 その子供がXANXUSの元を訪れる様になったのは、話を聞いてから少し経ってからのことだった。初めは、金魚の糞の様に後ろを着いてくる邪魔な餓鬼だと思った。ただその子供は喚くこともなく、静かに着いてくるだけであったので、特にXANXUSは何も言わなかった。それがなまえにはとても良い事であったらしい。彼女は暫くの間XANXUSの傍で寄り添い、人と触れ合うことで、大人の人間に対し警戒心を和らげるようになった。
 XANXUSはなまえに少しずつ懐かれていることに気付いていた。彼女の荒んだ心に水を与え、潤わせたのは紛れもなくXANXUSであった。それが意図的な行為じゃなかったとしても。寧ろ、いやだからこそ彼女の心が再生出来たのかもしれない。
 誰にも心を開かなった少女が自分には感情を顕にし、自分のお陰で再生したのだと思うと少しだけ気分が良くなった。そしてXANXUSもなまえに対し、情を抱き始める。彼女と過ごした日々は大袈裟な幸せは無かったけれど、蕾が膨らむくらいには暖かかった。

 必ず十代目になると野望を抱いていたXANXUSをなまえは心の底から尊敬し、必ずその時には祝福すると言って離別した数ヵ月後に、彼は九代目とは血の繋がりが無いことを知った。結局、自分もあの餓鬼と何も変わらなかった。ただ炎を灯すことが出来る一人ぼっちの哀れな男。XANXUSは心に怒りの炎を燃やした。同時になまえに会いたくなった。
 それから氷の中で八年間怒りを増幅させて決行したリング争奪戦。十代目候補の沢田綱吉がなまえを引き取った家光の餓鬼だと知った時は感情をコントロールする事が出来ずに辺りの物を全て破壊した。何もかも壊してやりたかった。自分を嵌めた老いぼれも、憎き沢田綱吉も、その姉として過ごしてきたなまえも、あの時した約束も、過ごした日々も、何もかも全て。XANXUSを支配していたのは怒りであった。

 約九年越しに再会したなまえはXANXUSの事を覚えていなかった。いや、記憶をしまい込んだのが正しいのか。覚えていないことにXANXUSは怒りも湧いたが、内心ホッとしたところもあった。人質にする気などさらさら無かったが、それでもスクアーロを使い、自分の元に連れてこさせ傍に置いたのは、あの時会いたいと一瞬でも思ってしまったことが原因なのだろうか。それはXANXUS本人にも理解しきれていなかった。だがそれから再びなまえが己の後ろを着いてくるようになった時に、黒い感情とそうじゃない感情が合わさって、ぐるぐるとXANXUSの中で渦巻いた。その時XANXUSの中でなまえはもう既に、守らなければいけないという枠に少なからず入っていた。あの女を自分の元に置いても良いことは無いとなまえを突き放すつもりであった。
 ただなまえは数年前の姿からは想像出来ないほど強情であった。これはXANXUSにとっても想定外だった。物分りのいい子供だと思っていたはずが、あんなに強い眼差しで自分を見つめてきたものだから、内心、驚きと共に感心した。そして、もしかしたらこれが本来のなまえなのかも知れないとも思った。

 日本で過ごしてきた数年間を置いて、イタリアになまえが来た時のあの優越感は気持ちが良かった。なまえは幼い頃も可愛らしい見た目をしていたが、数年間の間に美しく成長していた。そんな彼女にずっと慕われ、自分の後ろを着いてくるのを喜ばない男はいないだろう。それが恋愛感情じゃ無かったとしてもだ。
 いつからなまえに対してのこの感情が恋愛感情に移ったのかは、XANXUS本人にも分からなかった。もしかしたら初めからなのかも知れない。だがなまえの抱く感情は己のものとは違っていることをXANXUSは分かっていた。それがもどかしく感じ、あれやこれやとアプローチをし続け、彼女を手入れるまではそれはそれは長い月日であった。とは言ってもなまえが飛んだ先の未来では未だお互いの関係に名前は無かった様なので、それと比べれば今の自分は早い方なのかも知れないが。

 XANXUSとなまえは、籍を入れてからまだ一ヶ月程しか経っていない上に、先日彼女に頼まれてひっそりと挙式をあげたばかりである。
 彼等に交際期間は無い。XANXUSはもう何年もなまえの事を待ち続けた。今更交際から始めるなんてもう我慢ならなかったので、彼女に伝えた言葉はさながらプロポーズと変わりなかった。その時の彼女は驚いた様に目を見開いたが、花が綻ぶように笑ってXANXUSに頷いた。



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