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 誰かに呼ばれているような気がした。夜と朝の狭間。あたたかなアイボリー。けれどかすかに聞こえるくるしげな声に、引かれるように意識が浮上してうつつを映す。わたしは迷いなく手を伸ばしていた。目の前の彼に。おぼろに光るナイトライトに照らされた彼の横顔は、いつになくくるしげで、呼吸も荒い。うっすらと汗もかいていた。

「ミヒャエル」

 覗き込むように上体を起こして、彼の頬に触れる。すると彼は、くぐもった声を上げながらそっと目を開けた。眉間に皺が寄ったまま、不安定に揺らめくキャンドルのように焦点はどこか虚ろで。必死に呼吸をするように胸が上下する。
 しばらくして、ようやく意識がひとつに合わさったように、彼がわたしを捉えた。

「なまえ」
「うん」
「なまえ」
「ここにいるよ」

 汗で張りついた前髪をのけると、彼の手がわたしを掴んで、そのまま引き寄せられた。そして顔をうずめて、わたしを確かめるように抱きしめる。息を吸って、吐いて。わたしは彼の髪を梳くように、そっと後頭部を撫でた。

「お水を持って来ようか」

 きつく抱きしめられたのち、彼は首を左右に振った。わたしは彼の頭を撫でたまま、もう反対の腕も彼のうしろに回した。くっついていないところがないくらい、足も絡めて、身を寄せあう。そして目を閉じる。心臓の音がかすかに聞こえて、ひとりじゃないことを実感する。安心がわたしを満たしていく。
 やがて彼は落ち着いたようすで深く息をして、甘えるみたいに擦り寄った。耳元がくすぐったい。思わず身をよじると、すぐにだめだと引き留めるみたいに抱きしめられる。指先をかすかに動かすことしかできないくらいきつく。大事に。もう離さないというように。

「……あつい」

 くっついてきたのは彼なのに、とは言わなかった。ちぐはぐな言葉に緊張がほどけて、無意識に口角が緩む。

「魘されてたから……シャワー浴びたい?」
「めんどくさい」
「じゃあ朝になったらね」

 心臓の音みたいに規則的に背を叩くと、彼の腕がわずかに緩む。動かせるようになった首を傾けて、そっと頭にキスをすれば、ようやく彼がわたしのほうを向いた。すでにうとうととしているのか、いつもよりそのまなざしは幼げで、わたしをじっと見つめている。潤んだ青だ。そのまぶたの上にキスをすると、彼はくすぐったそうにした。わたしはたまらなくなって、もう一度彼にキスをした。

「かわいいね」
「……かわいいはやめろ」
「だいすき」
「……それはしってる」
「うん、覚えてて。ずっとずっと」

 しがみつくように腕を回して、もう一度くちづける。彼は少々うっとうしそうに、けれどかすかに喜んだようにそれを受け入れて目を閉じた。ほどなくして聞こえる寝息。呼吸とともに静かに上下する彼を見つめて、わたしもまぶたを閉じる。安心して眠れるような気がした。
 当たり前のように抱きしめあって眠る。彼の生きている音を聞きながら。ぬくもりを分け合いながら。まどろみに落ちていく。日常のひとつの小さなシーン。夜明けのこと。


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