花曇

-hanagumori-
 どうやら違うクラスの知らない女の子が春千夜のことを好いているらしい。それも一人だけでなく何人もの子たちが。しかしそれは今に始まったことではなく、前から幾度となく耳にしてきたことであった。友人から、クラスメイトから、女の子本人から。わたしには関係のないことだけれど、関係なくもなかった。

 春千夜は最近、わたしの知らないところで知らない友人を作ったらしい。確か東京卍會というものに所属? をしたという。これは本人ではなく、クラスメイトの男の子から聞いた話だ。季節は入学してから三度目の春。中学三年生になってようやくわたしは春千夜と同じクラスになったものの、近ごろ彼とはほとんど会っていない。学校へ来ない日が増えたのだ。おそらくきっと、その東京卍會の人たちと一緒にいるのだろう。自ずと話す機会は減り、当然一緒に登下校することも少なくなった。
 そうして同時に、わたしと春千夜の関係性も少しずつ変わっていった。いや、春千夜が変わっていったと言うべきだろう。彼は、どんどん男の子になっていった。あっという間に身長が伸びて、声も少しずつ低くなって、さらにかっこよくなった。他クラスや学年を越えて、彼のことを好きになってしまう子たちが出てくるくらいには。

「あ、なまえ。三途くん、今日登校してるらしいよ」
「え? どういうこと?」
「一時間目の終わりごろ下駄箱付近にいたらしいんだけど、丁度そこで先生に呼び出しされてるのを男子が見たって」
「へえ……」
「来るって言ってた?」
「……いいや」

 小学校からの友人は「そもそも呼び出しされてここに来たのかもね」と言って紙パックのミルクティーに口をつける。わたしはこっそり持ってきている携帯電話を鞄の中で開いた。しかし、春千夜からの連絡はない。別に登校するときに毎度連絡が入るわけでもないけれど、ここ数日は全く会っていなかったから少しだけ寂しいと思った。だからと言ってわたしから、学校来てるの? なんて送れるわけもなく。春千夜は今日、教室に来るだろうか。
 その時だ。ガラリと教室の扉が開く音が響いたかと思えば、女の子たちの色めいた声と共に「三途くん」と呟くのが聞こえた。ハッとして、わたしは背後を振り返る。

「春千夜……」
「はよ」
「もう次、四時間目だよ」
「着いた途端、指導室に連れてかれたんだよ」

 春千夜はわたしのうしろの、ここしばらく空席だった席の椅子を引くと、気だるそうにため息をつきながらそこへ座った。窓際の一番うしろ。特等席とも言えるそこは春千夜の場所で、その一つ前の席はわたしの居場所だった。数日ぶりに会った春千夜は以前にはなかったところに傷が一つ。もしかしたらしばらく前につけ始めた黒いマスクの下にもあるのかもしれない。最近は春千夜が笑うところをほとんど見なくなってしまった。

「なまえ」
「なに?」
「シャーペン貸して」
「いいけど……それすらも持ってないのになんで来たの?」
「……気分」
「なにそれ。あ、あと、一応これ昨日までのまとめたノート」
「オレの?」
「春千夜の」

 ノートを手渡せば、彼はパラパラと捲って中身を確認する。わたしは結構、春千夜がこうして少しだけ目を伏せた瞬間が好きだった。長くて綺麗なまつ毛がよく見えるから。

「さんきゅ」

 彼の分のノートをわざわざまとめているのも、シャーペンを彼用に予備で持っておこうと思うのも、全部全部、春千夜だからだ。春千夜がこうして目元を緩めてわたしを見つめてくれるから。あのころと変わらず優しいままでいてくれるから。春千夜にとって、少しでも特別な幼馴染でいたいから。

「別に、いいけど」
「ついでに明日からもよろしく」
「また休むの?」
「……まあ」

 どうして? と聞けないのがもどかしかった。でも春千夜が聞いて欲しくないって顔をするから、わたしは「なんか奢ってよね」と言うことしか出来ない。すると彼は「しょうがねぇな」と言って頬杖をついたので、なんで春千夜の方が上からなんだって怒ったら、その日の帰りはコンビニでたくさんお菓子を買ってくれた。それはどれもこれも、わたしの好きなものばっかりだった。



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