祝福は春の底より



※モブの女の子(8話同一人)目線

 祓ったれ本舗。通称祓本。
 五条悟と夏油傑、二人の男性によるお笑いタレントであるがその人気は計り知れず、今では雑誌、CM、バラエティ、ドラマまで出演し、彼らを見ない日はないというほど人気絶頂のコンビである。

 面白いかつ、ルックスも良い。特に夏油傑の方は演技も上手く、俳優業の仕事も近頃増えてきており、女性ファンもかなり多い。先日某人気雑誌で発表された“結婚したい芸能人ランキング”に堂々の一位を飾るほどには、だ。それは見た目だけではなく、むしろ見た目とは裏腹な言葉遣いや所作、ありとあらゆる瞬間から滲み出る礼儀正しさや気遣いなどから熱狂的なファンを生んでいるのだろう。その反面五条悟や親しい人間には容赦がないから余計にファンはその内側に入りたいたいと願う。共演者との熱愛ニュースがほとんど出ないことも安心感があるのだそうだ。

 しかしそれはほんの少し前までの話。先日、その夏油傑と一般人女性との熱愛が報道され、世間やファンは激しく動揺した。ニュースや雑誌では異常なほど取り上げられ、事務所の周りには人が溢れかえるほど。しかしそれでは終わらず、つい昨日、なんとその一般人女性と数年前に結婚をしていたと会見で発表したのだ。

「この間の会見、見た?」
「見た……ショックすぎて夕飯食べられなかった」

 ピッ、とレジにバーコードをかざしながら前に並ぶ女性二人の会話に耳を傾ける。会見があった日からアルバイト中に聞こえる女性客からの会話は大抵同じようなものであった。時折来る学生から近所のマンションに住むご婦人たちまで。それほど彼ら、いや彼は人気なのだということがわかる。

「でもあんなに嬉しそうに話されたらね……」
「……周りにハートが見えた気がする」
「気のせいじゃない、私にも見えた」

 けれども決まってその人たちは彼を責めるようなことは言わなかった。いや、もしかすれば過激派と呼ばれるファンの中にはいるのかもしれないが、少なくとも私が耳にする会話は大抵あの会見中に見せた新たな一面に受け入れるしかない、といった様子が多かった。現にその後のテレビ出演した際には共演者から祝福される場面も多く、次のバラエティ番組では“愛妻家夏油傑に密着”といった内容が放送されるらしい。雑誌や新聞にも祝福ムードの記事が多く掲載された。

『出会いは高校生の頃、』
『その頃から私は彼女のことが大好きだった』
『控えめだけれど芯を持った優しくて強い人です』
『結婚は私から押し切った』
『彼女の作るご飯が一番好きです』

 どれもこれもあの会見の日に夏油さんが言った言葉たちだ。正直、胸焼けしそうなほど甘ったるい空気感に甘ったるいトーンであった。私はこのスーパーで何度か見かけていたから少し耐性はあったものの(一度目に目撃してから度々見かけることがあった)、なにも知らないファンからすればその衝撃は凄まじいだろう。嫁大好きです!! ってあんなに顔に書いてある人初めて見た。そして多分今まで発表出来なかった分、本当に嬉しいのだろうとも思った。後者は憶測でしかないけれど、でもきっとそうだと思う。だってスーパーに来る時だって全然隠す気も隠れる気もないんだもん。

 女性二人のレジを終え、休憩に向かう。休憩室には小さなテレビがあるけれど、昼間のニュースには大抵一回は彼の名前を見るのでなんだか毎日見かけているような気分だ。おそらく今日も流れている。しばらくはこの話でもちきりだろう。
 すると従業員用の休憩室へ続く扉に手をかけた時、「こんにちは」と聞き覚えのある声がして、私は思わず緊張し背筋が伸びた。ちょうど向かいから歩いてきていた店長が目を見開いているのを横目に見ながら、私はくるりと背後を振り返る。

「いきなりすみません……。この間のお礼をしに参りました」

 そう言って私の目の前で頭を下げたのは予想通り、その噂の夏油傑の奥さんであるなまえさんだった(先日お話をした際に名前も教えてくれた)。彼女は深く下げた頭を戻すと困ったように眉を下げて「お忙しいところすみません」ともう一度謝罪を口にする。
 しかしそれよりも私はその隣に立つ今回の騒動の張本人、夏油傑がいたことに少しばかり驚いた。店長があんなにも驚いた表情をしていたからまさかとは思ったけれど、どうしてここに。それが顔に出ていたのか隣に立つ彼も「妻が先日お世話になりました」と言うと朗らかな表情を浮かべ深く頭を下げる。

「どうしてもお礼がしたくて」
「い、いえそんな……私は大したことはしていませんから」

 確かにちらほら見かけることもあればレジだって担当したこともあるけれど、これは流石に動揺した。だって、毎日テレビで見る人が、私と会話をしている。この間、『最愛の人です』と言いのけた本人とその相手が目の前にいる。わかっていても対面すれば緊張して思わず声が小さくなった。それを感じ取ったのかなまえさんはさらに困った表情を浮かべて……、あああもう私の馬鹿。

「お仕事中ですよね、本当にごめんなさい」
「いえ、本当に全然大丈夫ですよ……! わざわざありがとうございます。会見も見ました」
「えっ、あれをですか?」
「えっ、あ、はい、あれをです」

 その瞬間なまえさんは顔を赤くして、熱くなった顔を冷ますように手のひらを頬に添えた。対して夏油さんは「ありがとうございます」と笑みを浮かべたまま。なんだか普段の二人の雰囲気が伝わってきたような気がする。多分こういうのを夏油さんは可愛いと思いながら見てるんだろうな。なんかそういうことも前にテレビで言ってたし。

「応援してます、お二人のこと」

 いつか機会があればこれだけは伝えたいと思っていた。私はただのスーパーの従業員であるし知り合いでもなんでもないけれど、世間は二人のことをたくさん祝福していることを知って欲しくて。
 夏油さんはほんの少しだけ目を見開いたあと「ありがとうございます」と言って頭を下げた。なまえさんもそのあとに続いて再び頭を下げる。うーん周りの人ちらほら気付き始めてる人もいるだろうし、この図やばくないかな? 大丈夫かな私。

「あ、あの、周りの人にバレそうですけど大丈夫なんですか……?」
「え? ああ、大丈夫ですよ。そのための会見でしたから」

 その時の夏油さんはドラマでよく見る悪い笑顔をしていて、やっぱり今回のこと結構怒ってたりするのかなとも思った。それ以前に発表しなかったこと(しなかったではなく出来なかった、なのかもしれないが)自体が不満だったのかもしれない。なんにしても新たな一面を見た気がして不思議な気持ちになった。なんかちょっとだけ慣れてきた気もする。普通に話せてるし。
 その後夏油夫妻は両手いっぱいの紙袋を私に手渡した。有名な菓子店やブランド名が書かれたものなど、もうとにかくたくさん。もちろん初めは受け取れないと断ったけれど、夏油さんの話術から逃れられるわけもなく最終的にはそれを受け取っていた。逆にあの人から逃れられる人ってそれこそ五条悟とかそこらへんしかいないんじゃないの。知ってる人がいたら教えて欲しい。あと店長、さりげなくサイン求めるの本当やめてください。


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