序章

 その日の宵は、まだ暑さの残る夏の日でした。
 互いの体温がすこしだけ熱くて、握っていた手にじんわりと汗が滲んで、境界線がわからなくなってしまいそうなほど混ざりあった、耽美な宵。
 触れる指、交わる視線、夜の香り、わたしの名を呼ぶあなたの声。全てが蕩けてしまいそうなほど愛おしくて、そして苦しかったのを今でも覚えています。

 あなたと見てきた景色は、本当にどれも綺麗でした。
 あなたが零していった言葉たちも、全て心に溶けていって、今もずっとわたしの中にあります。

 酷く苦しくて、切ない記憶。
 けれど美しくて、愛おしい記憶。

 わたしはひとときだってあなたのことを忘れたことはありません。忘れることなんて出来ないのです。
 あなたとの記憶を日々慈しみ、抱きしめるように。ずっとずっと抱えたまま、見えぬ背中を追い続けている。
 例えそれがどれだけ醜かったとしても。

 だからどうか、もうすこし眠らせてください。
 瞼を閉じていれば、あなたの姿を思い浮かべることが出来るから。
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