沈黙の結び

 スクアーロに耳元で説教されているときと同じくらい頭に響き、興奮したルッスーリアに背中をどつかれたときくらい体が痛い。任務は滞りなく終了したが、今すぐにでも横になりたいくらい体の調子が悪く、ベルフェゴールは苛立ちを抑えられなかった。おそらく風邪を引いたのだろうと彼自身もわかってはいたが、そう易々と認められるほどベルフェゴールは素直な性格をしていない。たかが風邪になにを言っているんだと思うかもしれないが、彼は超が付くほど負けず嫌いだった。
 ズキズキと痛む頭に手を当てて、ヴァリアー基地までの帰路を辿る。ボスへの報告は後日でいいだろう。それよりも今はさっさと部屋に戻って眠りたい。そもそも彼が任務帰りの足で報告に行くなんて、それこそ超が付くほど機嫌がいいときだけなので風邪を引いたことは別になにも関係ないのだけれど。
 こそこそと裏口から戻るのは、他の隊員に出くわしたくないからだ。滅多にないがそのまま次の任務に駆り出される可能性もあるし、風邪だとバレてちょっかいをかけられたくもない。どちらかと言えば後者の方が避けたい。誰にしたって面倒なことになる。たとえばスクアーロやレヴィであれば馬鹿にされるだろうし、ルッスーリアであれば(手順を含め)余計な世話を焼こうとするだろう。マーモン自体に害はそれほどないが、最初に上がった三名に告げ口をされて同じような結果になることが目に見えている。ボスは……多分普段と変わらないような気がする。とはいえ知られないのが一番だ。ベルフェゴールは無駄に気配を消して自室へと向かう。すると前方からこちらへ向かってくる気配に彼は、こいつがいたかと内心億劫な気持ちになったが、初めに上げた四人よりかは遥かにマシだと思いそのまま部屋へ向かう足を進めた。

「う、わあ!? ベル!? びっくりしたー気配消さないでよ」
「普通に気付けよ」
「ベルが本気で気配消してたらわかるわけないでしょう。というか帰ってたのね、お疲れさま」
「んー」

 それなりに普通に接したつもりだった。機嫌が悪いときなら無視することもよくあるが、それをやるとのちのち面倒なのでこれくらいが妥当だと判断し、隣をすり抜ける。しかし数歩離れたところでなまえは踵を返し、再びベルフェゴールの前に現れた。

「なに? さっさと戻りてーから邪魔すんな」
「……」
「聞いてんの?」

 見上げたままなにも言わないなまえに、ベルフェゴールはついに苛立ちを抑えきれず少々厳しい口調になる。しかし慣れているからか彼女はさして気にもせず、前髪の隙間に手を伸ばし、その奥に隠された額にそっと触れた。

「わ、やっぱり熱あるじゃん」
「……」
「あとで薬持っていってあげる」

 返事を待たずしてするりと遠ざかっていく背中を見て、ベルフェゴールは別にいらねえんだけど、と心のなかでひっそりと思った。つうか勝手に触ってんじゃねーよ、とも思ったけれど、避けようと思えば余裕で避けられたのでそれを口にすることはなかった。

 三十九度!? と小さくではあるが驚いたように声を上げたなまえにベルフェゴールは眉を顰める。あのあとしばらくしてから、彼女は薬や簡単な食事を持って部屋に押しかけてきた。いらないと突っぱねたが付き合いも長い彼女はそんなことじゃ怯みもせず、ズカズカと部屋に入りこんで彼をベッドへと押し戻した。その際「みんなには言ってないよ」と言ってきたので、面倒なことにはならないだろう。
 大抵こういうのは知った方が余計辛く感じるのだから絶対測らない方がいいと言ったのに、彼女は全く聞く耳を持たずに体温計をベルフェゴールの口にぶっ刺した。優しいのか優しくないのかよくわからない。一歩間違えたら危うく舌を貫通するところだったと、彼は内心悪態をつく。

「なんでこんな熱で任務に行けたのか不思議でしょうがない」

 冷水で湿らせたタオルなども持ってきたが、それは断った。前髪の上から乗せるなんて、鬱陶しすぎる。けれどどこもかしこも熱いのは事実なので、もぞもぞと体を動かしシーツ内の冷たい部分を探る。内側からぞくぞくとした感覚もあるが、普段感じるそれとは違ってただただ不快なだけだった。しかしそれでも素直に辛いとも言えない。なぜなら負けた気がするから。

「だって王子だから」
「こんなときまでなに馬鹿なこと言ってるの、さっさと寝て休みなさい」

 馬鹿、という単語にカチンと来たが、流石に今起き上がってなまえに手を出す元気はい。ベルフェゴールは「覚えておけよ」と脅すような文句を言いつつ、しかし時折肌に触れる彼女のつめたい手に心地よさを覚え、そっと目を閉じた。



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