濃紺に浮かぶ無数の星も、夜道を照らす月も、今夜は厚い雲に覆われていて見えることが出来ない。わたしは一人で暗い夜道を歩いていた。
特に理由があるわけじゃない。悩んでいることや、考え事があるときに、夜風に当たりながら歩いていると、落ち着いて自分の気持ちに向き合えるからだ。とは言っても、あまり遠くまで出歩くと母や綱吉に怒られてしまうので、家の周りの道を一周する程度だが。
そういえば、と、先日とても奇妙で見目麗しい男子中学生とすれ違ったことを思い出す。ちょうど、隣町の黒曜との境目付近での出来事だ。
制服を着ていなければ彼が中学生だと分かるものは殆どいないであろう。それほど大人びて整った容姿をしており、左右で色の違う瞳を持つ人であった。わたしの顔を見ると、僅かに目を見開いたような気がしたが、わたしは彼のことを全く記憶していなかったため、気の所為だと決め込んでそのまますれ違ったことを思い出す。
彼は何故、あんな表情をしたのだろう。そして私も、あの瞬間すれ違っただけだというのに、何故なんども彼の顔を思い出すのか。引っ掛かる理由すら見当がつかないため、自分でも困っている。またあの場所まで向かえば、彼に会えるだろうか。
「何してるの」
「雲雀くん……」
目の前から歩いてくる人物に何となくシルエットで予想はついていたが、案の定、目の前から雲雀くんが歩いてきた。
見回りだろうか。彼は並盛中学校在学中に知り合った数少ない友人である。既にわたしは並盛中学校を卒業し、並盛高校へと進学をしているため最近は会うことも少なかったが、彼は相変わらずのようで、夜に出歩くわたしを見て訝しげな表情をした。
「ちょっと散歩してたの」
「こんな遅くに?」
「家の周りを一周するだけよ」
「ふうん」
疑うような視線はそのままに、体の向きを変えたかと思えば、わたしと同じ方を向いた。彼がたった今やってきた方向だ。
「送ってくれるの?」
「分かれたあと事件に巻き込まれちゃ、気分が悪いからね」
「ありがとう」
別に。と、素っ気ない返事をされてしまったけれど、彼の優しさには気付いているつもりだ。
周りにはよく恐れられているようだが、芯のある、強くて優しい人だと思う。
「で、何を考えていたんだい?」
「そんなことまで分かるの?」
「考え事のときはよくその顔をしていたからね」
「どんな顔……」
「変な顔」
「えっ」
驚いて隣を見上げれば、雲雀くんは意地の悪そうな顔をしていた。からかわれたな、とその時やっと理解したが、何だかそれも面白くなって、わたしもついつい笑ってしまう。そして同時に、彼とのやりとりに安心している自分がいた。
人と共にいることが嫌いなわけでは無い。むしろ人と関わることは好きだと思う。けれど、何だかずっと違和感を感じているのだ。わたしはここにいる筈なのに、何処か気持ちが落ち着かない。
まるで、自分の居場所をずっと探しているように。
「ありがとうね」
家の前まで送ってくれた雲雀くんは返事を返すことなく踵を返していく。
綱吉がボロボロになって帰ってくる前、並盛の風紀委員が襲われる事件があった。同じ事件だという確証は無いが、風紀委員である雲雀くんは何か本当のことを知っているのだろうか。
きっと、問うても答えは帰ってこないであろう。そもそも、全てを関連付けて考えてしまうことはわたしの悪い癖だ。
頭を振って、玄関の扉を開ける。リボーンが何か言いたげな表情でわたしを見ていた気がするが、見て見ぬ振りをして自室へと戻った。