侵食するひと時
「大地さーん、お仕事まだ終わんないのー?」
大地さんの部屋にお邪魔したのに、ずっと放置されてるなんて、俺すんごい寂しいんだけどー。
……なぁんて、口に出すことなんてできないけど、思うことくらいいいでしょ。
俺はリビングでパソコンを打つ大地さんの背中に覆いかぶさって、後ろから覗きこむ。
わぁ、いつも思うけどすっごくいい匂いー。
首筋に顔を埋めてすんすんと嗅いでみると、お風呂上りとかじゃないのに、なんとも言えないいい香りが鼻孔をくすぐった。
「はは、千里、そんなに寂しいのか? もうちょっとだから、少し待ってろ」
「……はぁい」
やさしい声でそう言われ、俺は小さな声で返事した。
……もう少しだって。頑張って待ってよ。
そのままソファーに向かい、座った俺は、相変わらず仕事をしてる大地さんの後ろ姿をじっと見る。
大きな背中が、真剣に仕事してる姿を見るのは、本人には絶対言わないけど気に入ってるんだぁ。
ほんと言うと、寂しいのももちろんあるんだけど、でも大地さんの背中をずっと見てるのもきらいじゃない。
そう思うんだけど、そんな時間も大地さんの、「ふぅ、終わった」という言葉で中断した。
俺は大地さんのその言葉に無意識に目を輝かせる。
そんな俺に気づいてるのかそうじゃないのかわかんないけど、大地さんがゆっくりとこっちに近づいてきて、そのまま俺の隣に座った。
「もっとこっちおいで、千里」
「え……? もう十分近いと、思うんだけど……」
隣だよ……? と首を傾げれば、にっと口端を吊り上げた大地さんにそのまま後頭部を抑えられ、俺の頭はそのまま大地さんの膝の上に。……え。
「だ、大地さん……っ」
「はは、いいだろ? たまにはこういうのも」
「えっ、あ、あの……、そのっ」
上から見下ろされるのもだけど、大地さんの大きな手が、俺の髪の毛をさらさらと撫でるのが恥ずかしいと言うかなんというか。
照れてなにも言えなくなった俺の頭上で、俺を見下ろしてる大地さんがなにかを呟いていた。
「……いいなぁ、これ。……お前が俺のもんだって、実感できる」
「? 大地さん、どうし――っ」
なにかをぼそりと呟いた大地さんを疑問に思った俺は大地さんの顔を見上げた。
そうするとそこにいた大地さんの顔に、俺はすっと血の気が引いたような気がする。
顔はいつもと一緒でやさしげな表情なのに、どこか違うんだ。
でもなにが違うとも言えなくて……。
無意識に恐怖心をいだいていた俺は、大地さんが呟いた言葉を考えることもできない。
でも、次に大地さんの言ってくれた言葉に、ひどく安心したんだ。
「――千里、愛してる。一生俺と一緒にいてくれるか?」
「……もちろんだよー、大地さん。俺も大好きー」
問いかけのはずなのに、それは当然のことのように俺の中に響いた。
そして俺も、なぜか当然のようににっこりと笑って返事をした。
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