呪術高専【現在】
とりかえっこUターン
虎杖が両面宿儺の指を飲み込んでから出会った人々は一癖も二癖もある人達ばかりだった。
そんな中で"この人はなんか違うんだよな"と、はっきりと言えないが他者との相違を初対面から感じているのが神ノ門実愛という人である。
──いや。明らかな違いなら最初に呪術高専に来た日の初対面で本人を目の前にして五条から境遇を丸っと
耳に流し込まれたのだから分かっているのだ。
時間が経ってからより初っ端の方が後々いいからという彼の奔放かつ勝手な見解で名前しか知らない相手の
デリケートな事情を一気に把握してしまった虎杖だったが、今に思えば正解に近く感じた。
生まれながらの特級被呪者で十二年前から十七歳のまま──
彼女と接して行く内にじわじわとその異常な状態を理解して少しずつ整理が出来てきたところだ。
いきなり未知の情報を押し付けられても人間それなりに自分で処理が可能らしい。
『──愛い。これは実に愛いな』
それは実愛との初対面で両面宿儺がふっと漏らした一言。
しかし呪いの王は意味深なその言葉の説明をするでもなく『本当に良い時代になったものだ』と薄気味悪く笑うと
それきり後はだんまりであった。
彼女とは互いに他者とのコミュニケーションに長けているのもあって、難なく良好な状態を築けた。
任務以外での外出はあまり許可されていないらしい実愛はテレビっ子で、映画もジャンルを拘らずに見るタイプで共通の趣向に話が弾んだ。
そうして楽しく会話を重ねる内、ぼんやりとだが周りとの違いが虎杖は掴めて来た。彼女はなんというべきか──
「普通、なんだよなぁ」
決して悪い意味じゃない。
むしろ良い意味での普通である。
実愛は非日常の中でさえも日常という普遍的なものを感じさせてくれる、等身大の普通なのだ。例えるならばクラスメイトにいそうな。
──と自分なりの彼女という人物の解釈を伏黒に言えば、明かにとんでもないといった表情をされた。
まぁ、理解して貰いたかったわけじゃないから構わないのだが。
◇
「あ、実愛さん……っと寝てら」
暇潰しに広大な高専を少しばかりぶらついてからの帰り。寮の近くの広場で木を背にして寝ている実愛の姿が虎杖の視界に入った。
それと彼女に取り憑いている"彼ら"の姿も。
天気も気温も丁度良い今日はまさに寝るには持ってこいの日和で、木陰ですやすや眠る実愛自身はとても微笑ましいのだが、
相変わらず禍々しい"彼ら"の存在が見事に雰囲気を台無しにしている。
今出ている"彼ら"の一部は派手な色をしたウミウシのような形状で、人間とは全く異なる作りはもちろんのこと、
指すら認識出来ないそれがどうやっているのか定かではないが、櫛を持って丁寧に彼女の髪を梳いていた。
するすると櫛の間を滑らかに通る実愛の髪は木漏れ日に反射して煌めいている。
虎杖は彼女を起こさないように、そして"彼ら"を刺激しないようにそっと近付いた。
ひやりとした冷気を肌に感じて少し身を震わす。
自分は未だ日向にいてぽかぽかとした太陽が当たっているはずだが、どうにも"彼ら"は恐怖を与える冷たさを纏っている。
「俺も隣に座ってもいーい?」
小声で"彼ら"にお伺いを立ててみた。
実愛の髪を梳いていた動きが一瞬止まると、"彼ら"は指を差すようにして先端に付いた扇状に広がった触角を使い
空いている部分を使って隣を示す。
「さんきゅ」
それを承認と受け取った虎杖は彼女の隣に腰を落とした。
"彼ら"は案外と意思疎通が出来る存在だというのが、ここ最近で虎杖が分かったことの一つだ。
あちらからの交流は無いに等しいけれどこちらから問いかける分にはきちんと応答が返ってくる。
実愛に害意、敵意を抱かない限り"彼ら"は友好的というか、無関心に近い。
五条曰く、"彼ら"は実愛以外の存在は心底興味がなくどうでもいいようだ。
なんだか一途だなと、聞いて実際に見た虎杖は的外れだと気付きながら思った。
後にも先にも"彼ら"は彼女のことしか想っていないし見えていないのだ。ひたむきで、ひたすら。
分かりやすい真っ直ぐさは、得体の知れない"彼ら"からどこか人間臭さを感じ取れた。
虎杖はひたすらに実愛の髪を梳いて愛でている"彼ら"をじっと見た。
「お前ら本当に実愛さんのこと好きなんだなぁ……」
しみじみと呟きつつ、今度は小さく寝息を立てながら寝入っている彼女に視線を移す。
起きてる時は外見相応だが、こうして寝ている時は実年齢の大人の女性の雰囲気がどことなくあった。
「──まぁ、その気持ちも分かるけどよ」
などと笑えば、どうやらお気に召さなかったらしく、ぺちんと頭を軽く叩かれてしまったのだった。
2020.11.01