Romantic Nightmare

▼ 花咲く胸の内



「さあ、朝ご飯にしよう。今日はケイトのことをたくさん知りたいから、食べ終わったあとにでも色々お話してくれるとうれしいよ」
「うん……僕も、お兄ちゃんのこと、しりたい」
「もちろん」

 連れ立ってダイニングテーブルにつく。今度はケイトも迷いをあまり見せず、素直に座った。テーブル上にはトーストとサラダとスクランブルエッグにヨーグルトといった簡単なものが並んでいる。二人のあいだには赤いジャムの入った瓶が置かれているが、市販品には必ずと言っていいほどついているラベルの類が見当たらない。

「頂きます」

 揃って手を合わせ、思い思いに手を伸ばした。ケイトがトーストをそのままかじっているのを見て、悠がジャムの瓶を差し出す。

「これ、つけなくていいの? ラズベリーは好きじゃなかったかな」
「その赤いの、パンにつけるものだったの……?」

 不思議そうに聞き返され、悠は頷いて、ジャムをひと匙ケイトのパンに乗せてみた。宝石のような光沢をした赤が広がり、熱を受けて甘い香りが漂う。

「……! お兄ちゃん、これ、赤いの、あまいね」

 一口かじったケイトが目を輝かせて言うのを見て、悠は安堵したように微笑みながら「よかったね」と答えた。

「学校の給食では出なかったのかな?」
「うん、パンが出るときは、いつもチョコレートだったの」
「ああ、そっか、なるほど」

 ケイトの知識量は、十二歳にしてはあまりに少なすぎる。家では自分の顔かたちすら知ることが出来ず、学校で得られる僅かなものだけがケイトの全てなのだ。
 窓からの朝日を受けて輝く金髪も、温かい朝食を摂って仄かに染まる頬も、初めてのものを見知って輝く瞳も、これまで長く損なわれてきたことがあまりにもったいないと悠は深く思った。そしてこれからは、その輝きが褪せることがないよう誰よりも近くで見守っていたいとも。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせながら同時に言い悠が食器を手に立ち上がると、ケイトも椅子から降りて自分の皿を持ってあとに続いた。メイン用の少し大きめの皿を小柄なケイトが持つと、シェア用の大皿に見える。

「お片付けしたらお話しようね」
「うん、お兄ちゃん」

 嬉しそうに頷くケイトの頭を撫で、悠は手早く食器を洗った。
 片付けを全て終え、傍でじっと待機していたケイトを抱き上げると、悠はリビングのソファにケイトを膝に乗せる格好で座った。扱いを少し間違えれば容易く折れてしまいそうな細い腰を抱き、ふわふわと空調の微風にも靡く巻き毛を撫でる。僅かに身を固くすることはあっても、あからさまに怯えることがなくなったのは大きな進歩だ。

「そうだ、ケイト。お名前を漢字で書けるかな」
「うん、書けるよ」

 小型のメモ帳を引き寄せてケイトにペンを渡すと、辿々しい手つきで書き始めた。

「できた……」

 そっと差し出されたメモを見ると、三矢荊兎と書かれていた。荊に兎でケイト。この名前が海外では女子名だからというのも悠が荊兎の性別を誤認した原因だったが、字を見るとどうも男子に付ける名のように見えない。

「可愛い名前だね。でも荊兎、もうすぐ名字が変わるから今度からは花咲荊兎って書くんだよ」
「はなさき……?」

 荊兎の背後から手を伸ばし、三矢の隣に『花咲』と書いて見せた。ついでに悠の名の字も下に添えて、二人分の名を並べてみる。

「花咲悠と、荊兎。近いうちに戸籍もちゃんと替えるから、学校でもお兄ちゃんと同じ名前が使えるようになるよ」

 悠の言葉に、荊兎は頬を紅潮させて表情いっぱいに喜んだ。

「ほんとの、兄弟みたい……うれしい……」
「なれるよ、きっと。荊兎となら、本当の兄弟にだって」

 背後から抱きしめて柔らかい項に顔を埋め、小さな手に指を絡めて握る。荊兎は一切抵抗せずじっとそれを受け入れ、そして、ゆっくり一つ頷いた。


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