Romantic Nightmare

▼ 輝く朝日の下


 三十分後、ケイトは悠が用意した着替えを着て怖ず怖ずと脱衣所から出てきた。
 幼少期に着ていた悠の服を、頂きものだからとなんとなく捨てられずにとっておいたものだが、意外なところで役立った。まさか、七歳のときに着ていた服が十二歳の子の体に丁度合うとは思わなかったが。袖と胸元に大ぶりのフリルのついた白いシャツに、ハイウェストのショートパンツといった出で立ちは、十月も終わりかけのいま出かける格好と思えばだいぶ寒々しいが、室内で過ごすには問題ないだろう。時代錯誤な装いも誰に見られるわけでもない。

「よかった、着られたみたいだね」
「う、うん……ありがとう……おようふく、僕、もってなくて……」

 パンツの裾から伸びる白い足は、立っているだけで折れそうに細い。その棒のような足で悠の傍まで来ると、ケイトは悠を見上げてからお辞儀をした。

「僕、ちゃんと、ごおんがえし、するから……」
「そうだね、大人になったらね」

 何としてもお返しをしたそうなケイトに、悠は屈んでそう言った。

「ケイトはいま大きくなるためにたくさんのものを吸収しないといけない時期だから、お返しはそれが済んでからじゃないと」

 不安そうに揺れる目を見て、安心させるように笑いかける。頭に手を乗せると乾かす手段がわからなかったのか、タオルで拭いただけとわかる湿り気を帯びていた。

「髪、乾かしたらご飯にしようか」

 ケイトは小さく頷くと、悠について再び脱衣所に入った。

「少しうるさいけど、ちょっとのあいだだからね」

 洗面台の前に立たせてドライヤーを手に、スイッチを入れる。温風と共に、騒々しいモーター音が室内に響き渡った。暫く手櫛で乾かしてから獣毛ブラシをかけると、元々癖が強いと思っていた髪は綺麗にしたことでその本領を発揮した。きらきらと輝く白金色の髪は天使画で見たような見事な巻き毛だった。

「ケイト、巻き毛だったんだね」
「そう、なの……?」

 不思議そうに首を傾げるケイトに、前方の鏡を指して見せると、大きく丸い瞳を更に丸くして驚いた。

「僕、自分のかお、はじめて見た……」

 今度は、悠が驚く番だった。
 家で鏡を使わせてもらえなかったこともそうだが、学校でも鏡を覗く機会がなかったということだ。しかしそれは、出会ってからのケイトの様子を見ていれば何となく想像出来る。顔を上げるということ自体、してこなかったのだろう。

「……そっか。ケイトはこんなに可愛いお顔をしているんだよ」
「かわいい……?」
「うん、お兄ちゃんにはそう見える。それとも、男の子だから可愛いって言われるのはあまり嬉しくないかな」

 悠がそう言うと、ケイトは思い切り首を振って、淡くはにかんだ。

「僕、お兄ちゃんがくれるものは、なんでもうれしい」

 風呂上がりで上気した頬を和らげて微笑み、乾かしたての巻き毛をふわりと揺らして言われては、最早歓喜を抑えるどころではなかった。

「わ……!」

 感情の赴くまま思い切り抱きしめた悠を、今度は受け入れてくれている。その証拠に悠の背中に、そっと小さな手が添えられた。

「ケイトは可愛いよ。誰よりも可愛い、お兄ちゃんの大事な弟だ」

 そう、弟。出会ったときは少女だとばかり思っていたが、着替えさせるときに、どうしても目に入ったそこには確かな男の子の象徴があった。見てしまった手前、女の子でないことに安堵したのと同時に、この華奢で可憐な子供が同性であることに驚いたのもまた、事実だった。

「お兄ちゃんの、弟……」

 ぽつりと落としたケイトの声には、明らかな喜びの色が含まれていた。ゆっくり噛み締めながら胸にしまうように、大事に紡いだ一言だった。


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