Romantic Nightmare

▼ 怯える眼差し


「良く来たな。さあ、座りなさい」

 愛想よく出迎えた父に、悠は一瞥もくれずにリビングの奥へと目をやった。そこには居心地悪そうに縮こまる、ごく幼い金髪の少女がいた。父の傍にいる女は金髪でも所謂プリン頭になっていることから、母親似というわけではなさそうだ。細く頼りない体を限界まで小さくして俯き、泣きそうな顔を隠している。子供がそうしていること自体が癇に障るのか、母親が時折苛立ったように舌打ちをして、それに怯えてまた体を縮めて俯くという負の循環が出来ているにも関わらず、父はこれからこの場にいる皆で幸せな家庭を築けて行けると信じているかのような笑顔で悠を迎えたのだ。
 その、なにも見えていないうすら寒い姿を見た瞬間、悠は元よりこれ以上ないくらいだと思っていた父親という生き物への嫌悪感を更に募らせた。

「必要ない。どうせすぐに出ていくんだろう」
「そうか? じゃあ、あとのことは頼んだ」

 目も合わさず低く言い捨てた悠の様子さえ、父の目には留まっていない。結局母親のほうは舌打ち以外一言も発さないまま、父と連れだって出て行った。
 扉が閉まる音を遠くに聞き、悠は溜め息を一つ吐いた。

「……君、名前は?」

 目の前にしゃがんで、目線を合わせながら訪ねると、子供はビクッと体を跳ねさせて暫く視線を彷徨わせてから怖ず怖ずと口を開いた。

「…………けいと、です」
「ケイトか。可愛い名前だね。俺は悠。よろしく、ケイト」

 なるべく優しい声音を意識して言い、そっと頭に手を伸ばす。やはり身を竦められてしまったが、出来る限り優しく触れると、安堵とまではいかないものの、恐怖の表情は薄くなったように見えた。
 長く伸びた前髪で見えにくかったから気付かなかったが、子供の目は左右で色が違うようだ。右が澄んだ水色で、左が柔らかい金色をしている。

「ケイト。あの人たちはたぶん何日か帰ってこないと思うんだけど、もし良かったら、お兄ちゃんのお家にお泊りしないか?」

 我ながら一昔前の誘拐犯のようだと思いながら、それでもこのままここに置いていくわけにはいかないと、引き続き慎重に話しかける。ケイトは、体の細かな震えを抑えるように自身の体を抱きしめながら、やっとといった様子で頷いた。

「ありがとう。それじゃあ、行こうか」

 悠が差し伸べた手を、二色の瞳がじっと見つめる。それから悠の顔を見つめて、再び手に目線を落とすと、小さな手を怖々重ねた。
 季節感の無い、サイズの合ってない汚れた服を無理やり着ている姿に、嘗ての自分がフラッシュバックする。悠自身は早いうちに葉月家によって救われたが、この子は何年独りで耐えてきたのだろうかと思うと、胸が痛む。

「ケイトは、いま何歳かな?」
「え……えっと、じゅうに、です」
「……十二歳か。六年生だよね」

 こくん、と小さな頭が頷いた。見た目はどう頑張ってみても小学一年か二年くらいにしか見えない。細いだけでなく十二歳にしては異様に小さいのだ。

「ちょっとここから離れているから、お兄ちゃんのお友達がお家まで送ってくれるんだけど、車は怖くない?」
「へいき、です……のったことは、あんまりないけど……」
「そっか。ケイトさえよければ、いつかお出かけもしようね」

 ケイトは驚いたように悠を見上げ、俯いたのか頷いたのかはっきりしない仕草で下を向いた。

「香織、お待たせ」
「お帰り。その子がそう?」
「ああ」

 ケイトを先に乗せ、そのあとから乗り込むと、ケイトにシートベルトをつけた。悠がなにかしようとする度に一瞬びくつく癖があるのが痛ましい。
 ゆっくりと車が動き出してからも、ケイトは俯いたままじっと動かない。

「二人とも今日は疲れてるだろうから、ゆっくり休むといいよ」

 結局車を止めるまで、誰もなにも話さなかった。かといって、重苦しい空気だったというわけでもない。普段から雑談して過ごすほうではない悠と、気が向けば話しかける香織に初対面のケイトが加わった空間で会話が弾むほうが、却って気遣いに満ちていただろう。

「ありがとう。香織も気をつけて帰れよ」

 運転席から軽く手を振ると、香織は自宅へ帰って行った。


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