魔法少女☆メルティローズ


 エンゲル係数爆上げ担当


 ローズたちの視線の先。客席中央を真っ直ぐステージに向かって伸びてくる階段の上。外に続く両開き扉を背にした状態で、ヴィオレッタが立っていた。紫の長い巻き髪をふわりと靡かせ、宙に跳び上がる。通常ならワイヤーアクションで行う演出も、変異種であれば当たり前に出来る。
 ステージ上に降り立つのと同時に歌が始まり、ヴィオレッタは涼しい顔で歌い始めた。初めからこういう演出だったとでも言うかのように。
 ヴィオレッタの歌『宮廷の薔薇が咲く唯一の魔法』はワルツのような曲調で、笑うことを忘れてしまった孤独なお城暮らしのお姫様が、外から呼ばれた庭師の男と出会い、徐々に心を開いていく過程を描いた物語調の歌だ。最終的に庭師とは結ばれず、隣国の王子に嫁いでいくのだが、庭師と過ごした日々のお陰で温かい心を手に入れたお姫様はしあわせに暮らす。
 悲恋と捉える者もいれば、ハッピーエンドと捉える者もいて、庭師とくっつく展開の二次創作も盛んな曲だ。
 ヴィオレッタがいるということは、リリーもいるはず。何処から来るのかドキドキしながら曲の終わりを待つ。そうして流れるようにリリーの曲へ移ったとき、一瞬ライトが落ち、すぐに白色のスポットライトがついた。

「わああっ!」

 歓声と共に、観客のペンライトが白に切り替わる。突然の演出にも瞬時についてくる訓練されたファンの動きに、寧ろローズたちが置いて行かれているほどだ。
 リリーはライトが消えたその一瞬で、ステージ中央に立っていた。
 中学生とは思えない艶を帯びたふくよかな声で、リリーが歌う。彼女のシングル曲は『天地創造六花祭』という、和風ファンタジー風の曲だ。本物の和楽器を用いた曲で、唯一タイトルに魔法の文字が入っていない。
 発表当時は『リリーだけ仲間はずれなのは何故?』という声もあったが、天地創造の文言から、寧ろ彼女が神であり母であり、つまり魔法少女たちを包み込む地母神なのだと、とんでもない説が飛び出して以降、何故かすんなり収束した経緯がある。

 五人のソロシングルフルメドレーが終わり、再びMCが挟まれる。
 話題は、先日放送されたデイジーの大食いチャレンジ企画番組に関するもの。大食いタレントとデカ盛りメニューを食べ競う番組で、デイジーの他にはプロレスラーとアメリカンフットボールの選手、それと若手力士と男性芸人が並んでいた。大食いタレントとデイジーのみが女性で、残るは男性ばかりという絵面ながら、完食出来たのは女性二人だけだった。

「制限時間四十五分もあって後半暇だったから、デザートもお願いしちゃった」
「見た見た! 隣のお兄さん、凄い顔してデイジーのこと見てたよね」

 ローズが言うと、同番組を見ていたらしい観客たちから笑い声が上がる。
 デカ盛りvs大食いチャレンジャーという番組にて。番組の挑戦者たちは、洗濯用の盥に見紛う巨大な器に盛られた『超大人様ランチ』という、デカ盛りメニューに挑んでいた。内容は、大量のチキンライスに一キロのハンバーグ、ナポリタンと特大エビフライに、マカロニグラタン。それと別の器に盛られたコーンスープとプリンである。スープとプリンは良心的なサイズだが、それゆえデカ盛りのほうが異様に大きく見えた。
 画面端のタイマーの数字が、残り十五分を差した辺りでのこと。男性陣は徐々に手が止まりつつある中、いち早く完食してしまったデイジーが手持ち無沙汰になり、店員を呼んだ。その手には、店のメニュー表。まさかと思うギャラリーの前で、デイジーは満面の笑みでチョコバナナパフェを注文した。そして、残り時間五分で、きっちりそれも完食して見せたのだった。
 思い切り見開いた目でデイジーを見つめるアスリートの顔を大写しにし、画面下部に『恐ろしいものを見る目』とテロップが表示された瞬間のスクリーンショットが、あれから著作権や肖像権の概念を知らない人々によって拡散されていることを、本人だけが知らない。

「思い出したらお腹空いてきちゃった」
「もう!?」
「デイジー、本番前もお弁当五個食べてた……」

 会場がざわめく。

「抑も、会場の皆様方はわたくしたちの楽屋に届けられるお弁当の量をご存知かしら?」

 会場から「知らなーい」と複数人の声が揃って届く。続いて「教えて教えてー!」と声がして、ヴィオレッタは小さく咳払いをした。

「三十個ですわ」

 ざわっと、会場全体が揺れたかのように声の波が駆け抜けた。
 ライブビューイングのコメントも同様に、先ほどから『!?』の驚愕を示す記号や、『さすがは俺たちのデイジー先輩』『むしろ五個で済んだのか』といった、デイジー推しと思われるファンのコメントが流れている。

「勿論、スタッフの方々宛てのものとは別で届けられておりますのよ」
「デイジーちゃん、たくさん食べるものねえ」

 長い付き合いを経ても未だに信じられない様子のヴィオレッタと、おっとりと感心するリリー。その横で、デイジーは先ほどからお腹を押さえてしょんぼりしている。
 いつでも明るく満点元気印の彼女が俯くのは、空腹の時だけだ。

「こ、後半は全員の歌だから、もうちょっとがんばって!」
「うーん……」
「ねえデイジーちゃん。終わったら私が焼いてきたパウンドケーキ、丸かじりしていいわよ」
「ほんとうっ!?」

 リリーの言葉に一瞬で元気が出たデイジーの姿に、また会場が笑いに包まれる。
 その横では、ヴィオレッタが呆れながらも微笑を浮かべており、アイリスはマイクに拾われるかどうかという声で「丸かじり……」と呟き、ローズは純粋にいいなあと微笑ましげに羨んでいる。
 デイジーのやる気が出たところでイントロがかかり、五人は所定の立ち位置へと駆けていった。

「みんなー! テンション上げてくよー!」

 わあっと会場が盛り上がり、色とりどりのサイリウムが波を描く。
 終始賑やかに、楽しげに、ライブをやりきった魔法少女アイドルたちは、興奮冷めやらぬ観客の歓声と五色のライトに見送られながらステージを降りた。



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