魔法少女☆メルティローズ


 ハッピーの魔法


 都内某所のコンサートホールは、満員の観客による熱気に包まれていた。まだオープニングすら始まっていない、待機時間であるにも拘わらず、既存曲のカラオケバージョンが流れているだけの会場は期待に満ち満ちている。最前列のS席からB席、そして二階席まで全てを人が埋め尽くし、その誰もが手製の応援グッズや物販のTシャツなどを身につけていた。
 肺を震わす重低音と、色鮮やかなライト、ステージの背面を特大のスクリーンが飾り、其処には本日の主役である五人組アイドル、メルティ☆ドールのPVが流れている。
 そんな会場の舞台裏で、これからライブを行う五人組の内三人が、顔をつきあわせてひそひそと話していた。

「リリーとヴィオレッタは、やっぱり遅れそうなの?」

 壁掛け時計を何度も見上げながら、明るいピンクの髪を赤いリボンでツインテールにした少女、ローズが訪ねた。
 ピンクと赤を基調に作られた衣装は、パフスリーブのセーラー服に似た形をしている。胸元には赤いハートの宝石を中心にはめ込んだ大きなリボンが揺れていて、少女の持つ愛らしさを強調している。不安に揺れる大きな瞳は胸元の宝石と同じ色をしており、ステージから届く演出のライトに照らされて、虹色に輝いていた。

「……うん。途中で異形――ヴァリアントが暴れてて。他のヒーローが来るまでどうしても放っておけないって……さっきエフィのところに連絡がきたみたい」

 そう答えるのは、水色の髪をした理知的な少女、アイリスだ。
 さらりとした薄水色の髪は晴れ空のようで、濃紺の瞳は何処までも深く冷たい湖にも似ている。ショートカットに切り揃えた髪と膝丈ワンピースの衣装は、冷静で落ち着いた性格の少女にとても似合っていた。ローズと比べて低めのハスキーボイスは、非常事態が起きているいまでさえ僅かも揺るがない。

「大丈夫、何とかなるよ。セトリはあたしたちの歌からだもん。もし間に合いそうになかったら、みんなにぶっちゃけちゃお!」

 笑顔で言い切るのは、蒲公英のような黄色い髪をした少女、デイジー。
 ふわふわなボブカットのくせ毛をワンサイドアップにしており、彼女が身振りを交える度に結い髪が尻尾のように跳ねる。橙の瞳は猫のような虹彩で、笑うと鋭い八重歯も覗く。
 橙と黄色をメインカラーにした半袖ジャンパースカートの衣装は襟元がセーラーカラーになっていて、リボンの代わりに大きなチェック柄スカーフが結ばれている。襟元と袖口のラインも太めのチェック模様で、スカートと頭上のシュシュにも同じ柄が使われている。

「こっちはわたしたちが何とかするとして、怪我しないかだけが心配だよね」
「ローズ……信じて待とう。それしか出来ない」
「そうだよ。それに、不安な顔でステージに上がったらファンのみんなにも伝わっちゃうよ。ほらローズ、笑顔笑顔!」

 自らも笑顔を作り、ローズの頬を両手の人差し指でツンツンつついて言う。指先の感触に思わず笑みを零すと、デイジーは「ローズは笑顔が一番可愛いよ」と言って抱きついた。
 間もなくオープニングの時間となる。会場から伝わるボルテージが、三人の肌をざわめかせる。

「そろそろだね。よーし、いつもの円陣組も!」
「円……?」

 三角形では? というアイリスからの疑問がこもった視線に、ローズは「いいからいいから」と笑って、強制的に肩を組んだ。デイジーは言われるまでもなく既にローズの肩に手をかけており、逆の手でアイリスを引き寄せた。二人分の圧に負けたアイリスは、仕方ないなと口では言いつつも何処かうれしそうな表情で、元気な二人と肩を組んだ。

「メルティー! ローズ!」
「アイリス!」
「デイジー!」
「メルティドール!」
「アクション!!」

 リーダーであるローズのかけ声から始まり、アイリス、デイジーと続く。本来はヴィオレッタとリリーもそのあとに続くのだが、いまは三人しかいない。更に、ローズのチーム名コールで右手を中央に差し出し、最後に全員で声を揃えながら合わせた右手を上に跳ね上げる。
 メルティドール結成以降ずっと続けてきたコールを終えると、その勢いと笑顔を維持したまま、少女たちはステージに駆けていった。ローズは観客に向かって右手を大きく振り、アイリスは己の立ち位置に来ると客席へ一礼、デイジーはぴょんぴょん跳びはねながら両手を振った。
 わあっと歓声があがり、ステージライトに負けないカラフルなペンライトの群が三人を迎える。ローズを中心にして三人でステージの中央に立つと、精一杯の笑顔で歌い始めた。
 舞台袖から、曲に合わせて揺れるペンライトの波を見渡す、小さな影が一つ。アイドルヒーローメルティドールのマネージャー兼マスコットキャラクターの、エファアルティスだ。薄桃色の体と額の赤い宝石が特徴のもふもふした生物は、ハラハラしながら三人を見守っていた。その顔には、ヴィオレッタたちも心配だが此処を離れるわけにはいかないとわかりやすく書かれており、何度も背後の時計と舞台を見比べている。アイリスにエフィと呼ばれていたように、動物型でいるときはマスコット名で呼ばれており、遊園地で使っていたフィリア・アクティースという名は、人として暮らす上での通名である。
 ふと、エフィの端末が静かに震えた。画面を確認したエフィの顔色が見る間に変わり、舞台袖を文字通り飛んで去った。
 それを視界の端に捕えながらも、ローズたちは表情に出すことなく歌い続ける。仲間を信じて。

「良い子のみんなー! こーんにーちはー!」
「こーんにーちはー!!」

 オープニングを歌い終えると、最初のMCの時間となる。
 ローズが客席に向けて声をかけながら大きな手振りでマイクを向けると、観客たちが声を揃えて応えた。幼児向け番組のようなコールだが、まさしく幼児向けの魔法少女アニメをモチーフにしたアイドルグループなので、デビュー当時からこれがライブのお約束になっている。
 ファンは皆『平和を愛する良い子』であり、メルティドールはそれを守る魔法少女だ。

「次の曲はデイジーのソロシングルだよね?」
「うんっ! みんなにいーっぱい元気を分けてあげられるような、明るい歌だよっ」
「私も、デイジーの歌は好き」

 アイリスがかろうじてマイクで拾える声量で言うと、その何倍もの声でデイジーがありがとうと返す。ライブビューイングを放送している生放送動画サイトでは、コメント欄に『音量調節の腕が試される』『デイジーちゃんマイク切ってても聞こえそう』といったコメントが流れていた。

「それじゃあみんな、行っくよー! ハッピーの魔法!」

 イントロが流れると、客席のペンライトの色が一斉に黄色へと変わった。同時に、ローズたちの立ち位置もデイジーをセンターにしたものへと入れ替わる。ポップな曲調に見合った明るい色彩のライト演出が会場を埋め尽くし、観客も手拍子で曲に参加している。歌詞はどこまでも突き抜けて明るく、希望に満ちたもので、ネガティブな言葉が一つも出てこない。デイジーの性質を表した、眩しい太陽のような歌だ。
 ステージ上を跳ね回るように踊り、歌いきると、今度はライトがピンク色に染まった。ローズのソロシングル『恋は春色の魔法』だ。デイジーの歌が底抜けにハッピーなものなら、ローズの歌は等身大の少女が抱く小さな恋心と、それに伴う喜びと苦しみを表した歌詞になっている。この歌は特に十代女子に人気で、初恋の気持ちをそのまま歌っているとSNSでも高評価を得ている。
 次いで水色のライトに切り替わり、アイリスの『ココロの魔法と方程式』が流れ始める。静かな曲調で、独りぼっちの少女が、初めての友達に出逢うことで感じる喜びと戸惑いを歌ったものだ。この曲は、自分に自信が持てない控えめな性格の少女たちに人気がある。
 彼女たちはヒーローとしてだけでなく、アイドルとしても人々の心を守っている。それは、いまこの場にいない二人も同じこと。
 アイリスの曲が終わったら、次はヴィオレッタの曲が始まってしまう。
 どうしよう。まだ戻っていないのに。顔には出さないよう必死に隠してはいるが、内心の焦りは消えてくれない。
 イントロが流れ、ライトが紫色に変わった。そのとき。

「きゃあああっ!」

 客席から、黄色い悲鳴があがった。戸惑いと歓喜を乗せた歓声が伝播し、会場を埋め尽くす。

「え……?」

 観客よりもなによりも、ステージ上のローズたちが驚き、目を瞠っていた。


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