ヒーローズアクト
賑々しい装飾が画面中を埋め尽くすテレビ番組が、今週のランキングを大袈裟な身振りと声音で伝えている。カウントダウン形式で公表していく名前は風変わりなものが多く、芸名というよりは架空世界を舞台にした作品のキャラクター名のようだ。
十位の《竈の魔女――グレーテル》に始まり、現在発表されている六位まで、日本語に対応する神話や童話をモチーフにした読みをあてた、二つ名のようなものが並んでいる。
パネルの上部には『今週のヒーローランキング』と書かれており、番組タイトルと思しきロゴは『ショウアップヒーローズ』とある。
「さあて、お待ちかねのベストファイブ! 第五位は――――」
司会の男がパネルを指した、その直後。
ブツリと画面が切り替わり、派手なスタジオから一転、街の中継映像が映し出された。カメラの前では、若い女性リポーターが切羽詰まった様子でなにかを訴えている。画面の右上には番組名のロゴらしき『ヒーローズアクト』という文字が表示されている。
画面が出て暫くは音声が追いついていなかったが、スイッチが入ったように音が聞こえ始めた。
「――――の交差点で、ヴィランが暴れています! 現在はヒーローギルドへ出動要請が送られ、我々無力な市民は一刻も早いヒーローの到着を祈ることしか出来ません!」
リポーターの先、交差点中央ではアンプ内蔵スピーカーや簡易ステージ、ライトなどを並べた、小さな野外ライブ会場のようなセットに立つ青年がいる。
彼は英字プリントがされたTシャツに、両足を繋ぐように巻かれたベルトがついた黒のパンツを穿き、足元は八センチほどの厚底ブーツ。それに、鋲がたくさんついた革のジャケットを合わせている。肩から提げた彩度の高い紫色のギターは真っ赤な蔦薔薇が巻き付いた髑髏が描かれており、全体的にセンスのないロックバンドマンといった風情だ。Tシャツに書かれた英字は、バラバラの単語だけなら、品位に欠けるFワードがランダムに並んでいるだけに見えるが、よく見ると『俺の尻をF×××してくれ』などの、とんでもない文章が出来ている。
それだけなら思春期にありがちな個性の勘違いで済んだだろうが、彼の最も目立つ特徴は、紅い瞳の周囲、本来は白目になっている箇所が黒く染まっているところだ。
「ははははっ! お前ら全員俺の才能にひれ伏せ! 嫉妬しろ!」
バンドマン風の青年――ヴィランは、笑いながらギターをかき鳴らした。スピーカーから甲高い悲鳴のような音が響き、辺りに音の波紋を作る。二度、三度と大ぶりな動きでギターを鳴らすと、周囲の野次馬たちが耳を押さえて蹲り始めた。
「ぐぅ……っ! あ、ぐぁ……!」
「なにこれ……頭が、わ、割れそ……うぐっ!」
最前列にいた若い男女が、呻きながら地面に倒れる。そしてそのまま言葉通りに、ばしゃん、と軽い音を立て、頭が破裂して絶命した。
「イェエエイ! 俺様の神曲、リア充大爆発ぅー!」
実害など出るはずもない、頭のおかしい奴がなにか路上で巫山戯たことをしているとしか思っていなかった野次馬が、一斉に悲鳴を上げて逃げ惑い出す。
現場は連日大量の人が行き交う交差点。すぐ傍には駅もあり、定期的に人が吐き出されてくる。しかしその人たちもまた、現場の有様を見て交差点を避け、足早に逃げていく。
ヴィランは自分の周囲から人がいなくなったことに気付くと、顔を真っ赤に染めて震えだした。握り締めた拳から血が滴り、ステージに小さな水たまりを作る。
「何故だぁあああ! 俺の歌は! 音楽は! 誰よりも賞賛されるはずなんだ!! お前らが嫌うリア充共をぶっ壊してやったのに!!」
癇癪を起こしたように喚きながら、今一度ギターを慣らそうと右手を振り上げる。が、その手に光の矢が突き刺さり、青年は悲鳴を上げて仰け反った。
「誰だぁ! 俺の芸術を生み出す神の手を傷つけやがったゴミクズはぁ!!」
矢の刺さった右手を押さえ、忙しなく辺りを見回す。すると交差点の端、別の通りとの境付近で根気強くカメラを回していた報道陣が、あっと叫んで頭上を指した。それにつられて、ヴィランも視線を上に向ける。
其処には、ピンク色の衣装に身を包み、ピンクの髪をツインテールに結った少女が玩具のような可愛らしいデザインの弓を構えて、街路灯の上に立っていた。少女の出で立ちを一言で表すなら、魔法少女といったところだろうか。制服を元に作られたセーラーカラーの衣装が、風にはためいている。
「音楽は人をしあわせにするものなの!」
「あなたの音は、ただの騒音……ノイズでしかない」
ピンクの髪の少女が叫ぶと、別の場所からも声がした。ヴィランがそちらを向けば、水色の髪をショートカットに整えた、理知的で物静かそうな少女がいた。その少女もワンピースの制服を元に作った、魔法少女風の衣装を身につけている。
「誰かをハッピーにしたいなら、まずは自分がハッピーじゃなきゃねっ」
次いで、ヴィランの正面から声がした。視線を戻せば、黄色の衣装に身を包んだ金髪の少女が、コンビニチキンを食べながらうんうん頷いていた。
「言うだけ無駄ですわ。早々に片付けて戻りましょう」
「そうねえ。あの子はもう、ヴァリアントになってしまっているものねえ」
今度は、勝手に組んだ仮設ステージの後ろから、二人分の声がした。ヴィランが背後を見れば、紫色のロングヘアの先を縦に巻いた令嬢風の少女と、長い白髪をふわりと一本の三つ編みにして、右肩に流したおっとりとした少女がいた。
「皆さん、ご覧ください! メルティドールです! ヒーローが駆けつけてくれました!!」
日曜の女子児童向けアニメから抜け出してきたかのような五人の少女を見、リポーターの女性はマイクを握り締めて熱く叫んだ。周囲の建物に避難して様子を窺っていた人々の表情にも、安堵と希望の光が映る。
面白くないのはヴィランの男だ。自分のためのステージだったはずが、魔法少女たちの登場で、一気に空気が逆転してしまったのだから。
「ふざけるなあっ! これは俺のステージだ! 客も! カメラも! 俺のための! 俺が、俺を認めない全ての愚昧共をぶっ壊す、ワンマンライブなんだぁあっ!!」
刺さった矢を無理矢理引き抜いて投げつけると、その手でギターをかき鳴らした。音波が周囲に走り、ビリビリと空気を震わせる。直後、街路灯が、窓が、硝子製のあらゆるものが音波によって割れていった。ショーウィンドウ内に飾られていたマネキンが倒れ、電光掲示板が火花を散らして破裂する。
ヴィランの異能は、ギターで発動して背後のアンプ内蔵スピーカーで増幅、周囲に影響を及ぼす仕組みになっているようだ。
魔法少女たちは互いに頷き合うと、まずピンクの髪の少女が光の矢を放った。
「二度も喰らうかよ……おぉお!?」
ヴィランがギターを振り回して弾くと、眼前に金髪の少女が迫っていた。金髪の少女は握り拳を思い切りステージに叩きつけ、腕力と衝撃波でヴィランのアンプを破壊。追撃とばかりに頭上から大量の水が降り注ぎ、砕けたアンプがバチバチと音を立てて煙を出し、完全に沈黙した。
「いよぉーっし!」
「……騒音の元は止めた。NOISEは、あってはならないの」
金髪の少女と水色の髪の少女による連携が、ヴィランの命綱たるアンプを黙らせると、真っ赤な顔で歯を食い縛り、ぶるぶると震えて怒りを露わにした。
「てめぇええ! なめた真似しやがってえええ!!」
一番近くにいる金髪の少女をめがけてギターを振り上げ、叩きつけようとする。が、振り上げた腕がぎしりと固まって動かない。見れば、街路樹の根元に植えられている生垣の陰から伸びている蔓が、ヴィランの両手に巻き付いていた。見た目は何の変哲もない蔦草なのに、まるでワイヤーで出来ているかのように硬く、引き千切るどころか力を込めれば手首のほうが傷ついた。
「わたくしたちをお忘れではなくて?」
植物を操っているのは、紫の髪の少女だ。その横で、白髪の少女が祈るようなポーズを取る。
「なっ……!? は、離せっ!」
「お眠りなさい」
静かで嫋やかな声がそう囁くと、ヴィランの周囲が一気に凍てついた。空気中の水分が凍結し、彼の体を凍らせたのだ。ギターを振り上げた格好のまま氷のオブジェと化したヴィランを、最後に光の矢が貫く。
砕け散った体は光を纏った氷の破片と化し、きらきらと煌めきながら宙へと消えて行った。
「次に生まれてきたら、自分もみんなもしあわせになれる歌を歌えるといいね」
一瞬の静寂。数秒後、周囲で見守っていた人々から、わっと歓声が上がった。
交差点中央に集まって佇む五人の魔法少女に、拍手が浴びせられる。その陰でヒーローギルドの後方支援部隊《隠――なばり》の手により、二人の犠牲者にそっと暗幕がかけられ、カメラの外で静かに運び出されていく。
「彗星の如く現れ、ヒーローランキングを駆け上がっている期待の新星、メルティドールが今回も街の平和を守ってくれました! ありがとう、メルティドール! 中継は以上です! スタジオにお返し致します!」
拍手と歓声をバックに、カメラが切り替わる。
スタジオでは司会が拍手と笑顔でカメラを迎え、メルティドールの活躍を讃えながらも、本来のランキング番組へとシームレスに移行していった。