魔法少女☆メルティローズ


 真夜中の人形劇


 ――――暗い、暗い、闇の中。
 誰かの啜り泣く声がする。

『ごめんね……ぼくがもっとしっかりしていれば……』

 深い後悔を声に乗せて、闇の中で誰かが啜り泣く。
 頬を転げ落ちた涙が胸を濡らし、手の甲を濡らし、膝を濡らして、雨のように降り注ぐ。

『みんなを死なせたりしない……絶対に……』

 闇の中に、光が灯る。
 一つ、二つ、三つ……最終的に五つの光が灯るとふわりと浮き上がり、声の主を取り囲んだ。

『一緒にいこう。大丈夫。今度は上手くやるよ』

 昏い、昏い瞳の奥。
 偽りの希望を映して、静かに目を閉じた。

 * * *

 ――――閉じていた目を開け、小さく息を吸う。
 人形劇のセットの裏で、フィリアは糸繰り人形を操りながら台詞を読み上げた。演目は、童話のヘンゼルとグレーテルだ。紙芝居のように背景を切り替え、場面ごとにセットした音楽を流して、台詞を読む。

『お兄ちゃん……お父さんとお母さんは、どうしてわたしたちをむかえに来てくれないの? もうおうちには帰れないの?』
『大丈夫。ここへ来るまでに、白い石を落としてきたから。それを辿って行けば帰れるよ』

 兄妹の人形が寄り添い合い、暗い森の中を歩いて行く。
 通常、人形劇は複数人で人形を操るが、フィリアは全ての人形を一人で操り、台詞も全て一人でこなしている。それを可能にしているのは《黄昏の人形劇》というフィリアの異能。両手の指から伸びる見えない糸が、人形たちを巧みに操っているのだ。
 子供向けの人形劇にありがちな弾むような動きではなく、自然な動きで舞台をこなすその様は、最早人形ではなく役者の如き滑らかさ。子供たちは勿論、保護者として付き添っている大人たちも現を忘れて真剣に見入っていた。
 演目が終わると、歓声と拍手の中で、人形たちは優雅に一礼した。その流麗な動きに一層観客は盛り上がり、幕が降りてからも暫く鳴り止まなかった。フィリアは拍手の中人形劇セットの裏から顔を出し、人形たち同様にお辞儀をして手を振った。すると感動した子供たちが駆け寄ってきて、あっという間にフィリアを取り囲んだ。

「おねえちゃん、お人形さんすごかった!」
「すごーい! 全部ひとりでやったんでしょ?」
「わたしもあんなふうにお芝居できるようになるかなぁ?」

 フィリアは子供たちに目線を合わせるべくその場にしゃがむと、疑問に一つ一つ答えていった。その最中に、一部の子供の目が頭上の猫耳に向いていることに気付き、フィリアはにこりと笑って言った。

「気になる? そっとだったら触ってもいいよ」
「ほんとうっ?」
「うん。でも、引っ張ったりしないでね」
「わかった。そっとね」

 目をキラキラさせて、小さな手が伸ばされる。もふもふと撫でる幼い手のひらを感じていると、子供たちの群の向こう側で何度も頭を下げている保護者たちと目が合った。大丈夫と言う代わりに微笑んで見せ、子供たちへと向き直る。

「ねえねえ、お姉ちゃんってにゃんこのお耳だけど、お姉ちゃんは異形じゃないんだよね?」
「うん、違うよ。アカデミーで生まれたから、ちょっと変わってるだけだよ」
「ピンクの髪の毛いいなあ。へんいしゅっていうのになると、髪の色も変わるの?」
「変わる人もいるし、変わんない人もいるよ。目の色とかもそうだよ」

 四方八方からふわふわのロングヘアを撫でる手に囲まれて、フィリアは子供たちにありのままを話して聞かせた。
 子供たちは相手の事情を推し量ったりはしない。その代わり、言われたことは素直に飲み込む。大人の顔色を窺うことはあっても、その奥まで読み取る能力はまだない。だからこそ、フィリアは幼い好奇心が真っ直ぐ満たされるように、下手な誤魔化しを選ばずに答えた。
 フィリアの答えに子供たちは「そっかあ」とだけ答え、それからは散歩中の犬を撫でるかの如く順番に撫で回し、時間いっぱい触れ合った。

「そろそろ戻らなきゃ」
「えー、ざんねんー」
「お姉ちゃん、また会える?」
「うん、また来るよ。遊園地も楽しんで」

 立ち上がり、人形劇の舞台と人形を積んだワゴンに手をかける。からからと車輪の音を立てて、道をあけた子供たちのあいだを抜けてバックヤードのほうへと進むその後ろ姿に、子供たちの声がかかった。

「お姉ちゃんばいばーい!」

 最後に振り返って手を振ると、子供たちも負けじと両手を挙げて大きく振っていた。元気な声に見送られながら、フィリアは裏口へと戻っていった。
 バックヤードに入ると、遊園地のマスコットキャラクターとして園内を巡ってきた先輩が二人、休憩を取っているところだった。首から上だけ人間のそれになって、傍らにはマスコットの頭部が置かれている。子供たちには決して見せられない光景を横目に「お疲れさまです」と声をかけて、フィリアも休憩室に置かれた自動販売機に向かい合う。

「フィリアちゃん、此処にはもう慣れた?」
「うん。藜(あかざ)先輩たちが丁寧に教えてくれるお陰で、すごく楽しいよ」
「そう、良かった」

 藜はそう言って笑いかけてから、ふと表情を消して、それから俯きがちにぽつぽつ話し始めた。そんな藜の横顔を、百円の缶コーヒーを呷りながら、もう一人の先輩である茅が横目で見ている。

「……変異種も雇うことにするって言われたときはどうなるかと思ったけど、変異種たちは異形と違って、異能があるだけの普通の子なのよね。此処で仕事してなかったら、気付かなかったわ」
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ。でも、異能が普通の人たちにとって脅威なのは仕方ないことだから……」
「だから、そのために狩人(ヒーロー)がいるんでしょ?」

 先輩の言葉に、フィリアは目を丸くして首を傾げた。

「変異種の能力は人を傷つけるためのものじゃなく、人を守るためのものだって彼らが命をかけて証明してくれてるから、私は必要以上に恐れなくて済んでるんだよ。彼らも怪我をすれば痛いし、死んじゃうこともあるのに……」
「つーか、人はいつ変異ウィルスを発症するかわからないんだし、他人事でもいられないでしょ。変異種に石投げてたヤツが、発症した途端に周りから石投げられて異形になったなんて話、ネット上じゃ腐るほどあるもの」
「茅先輩……」

 茅は飲みきった缶をくしゃりと握り潰し、屑籠に放り込む。屑籠の入れ口にはスチール缶と表記されており、今し方投げ入れた缶にもそう書かれていた。
 茅もつい最近変異ウィルスを発症し、変異種になった者の一人だ。単純に力が増幅する異能で、見た目には大した変化がなかったとはいえ、発症に気付かず自宅のドアノブをねじ切ってしまったことで発覚。家族から化物呼ばわりされて追い出され、管理局経由でこの遊園地に就職した。
 実際、茅のような経緯で此処に辿り着いた者は多い。いくらヒーロー活動で変異種のイメージを向上しようとがんばっていたとしても、ほんの『うっかり』で命を奪いかねない存在が近くにいることをストレスに感じる人間は少なくない。それでも、落としどころを見つけて受け入れてくれることに、フィリアは温かい気持ちになった。

「さて、もう一周してきますか」
「フィリアはこれで上がりだよね? お疲れさま」
「うん、お疲れさま。茅先輩、藜先輩、行ってらっしゃい」

 行ってきます、と明るく声を揃えて出て行った二つのマスコットを見送り、フィリアは遊園地をあとにした。


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