短 篇 蒐


▼ 急がば回れ

 排気と霧に煙る灰色の街を、下校中と思しき少年と少女が歩いていた。
 城市街地第五層燈籠高校の制服を着て、合成食品だけで作られたワッフルサンドを片手に、雑談に花を咲かせながら。

「――――でさあ、夏組の欣妍(シンヤン)が、こないだ六層でヤバい怪異に遭ったらしくて」
「えぇ? そんなの、六層なんかに降りるからだろ。なにしに行ったんだよ」
「わかんないけど、いつも欣妍と絡んでる子は肝試しだって言ってたかな。ほんとに行くとは思ってなかったとか」
「あり得ねえ馬鹿だな。入るなって言われてる場所に入ったんなら自業自得じゃん。ざまあでしかなくね?」
「……うん、そうだよね」

 少女は表情を曇らせつつも、少年に同意する。下手に反論すると、苛立ちを乗せて何倍にもなって返ってくることを知っているからだ。
 話しながらも勝手知ったる通学路と、足は自然と通い慣れた路地へ向かう。
 が、いつもと違う“モノ”に気付き、二人は足を止めた。

「清掃中? なにこれ」
「人がいるのかな。すいませーん!」

 少年が足元を封鎖している黄色い『清掃中』と書かれた看板を見下ろして、少女が路地の奥へ声をかける。

「はいはーい」

 暫くして、暗がりの奥から幼い少女が駆けてきた。
 その少女は、長い黒髪を頭上で二つのお団子にして、其処から細い三つ編みを二本垂らした髪型に、チャイナ襟と白いエプロンとふわりと広がるスカートで構成された風変わりなメイド服を纏い、彼女の身長を上回る長さのモップを手にしており、小柄ながら何処にいても目立つ姿をしていた。大きな丸い瞳は星屑を鏤めた夜空のように煌めき、手押し車に積まれた掃除用具が、伴奏が如く軽やかに金属音を奏でている。
 少女の持つモップには不思議な紋様が刻まれており、水の入ったバケツには朱墨で妙な文言がびっしり書かれた術札が隙間なく張られ、路地の入口を塞いでいる黄色い清掃中の置き看板には、赤い文字で大きく『進入禁止』とある。

「あの、こんなとこほんとに掃除してるんですか?」
「はいっ。実は、迷い込んだ酔っ払いさんがゲロ吐き散らかしちゃっててですねー。避けて通るにはちょーっと範囲が広いので、お通し出来ないんですー」
「えー? そうなんだ、残念。近道なのに……」
「時間かかりそうなので、ごめんなさいですけど回り道お願いしますねー」

 二人組に向けてぺこりと頭を下げると、メイド姿の少女は忙しそうに暗がりの奥へ駆け戻っていった。
 路地の入口に取り残された二人は暫し路地を眺めていたが、少年が「行こうぜ」と言って別の回り道ではなく通れないと言われたばかりの昏い路地を指した。

「えっ、掃除中って言ってたよ?」
「別にいいだろ、靴くらい洗えばいいんだし」
「でも……」

 少女の視線が手元のワッフルサンドに落ちる。折角スイーツを楽しみながら帰っているのに、誰かの吐瀉物を見て食欲が失せるのは嫌だとその目が語っていた。

「それじゃ、掃除してるところが見えてきたら俺が抱えてやるよ。お前は通りすぎるまで目ぇ瞑ってれば?」
「ホントに抱えられるの? あ……あたし、結構重いよ?」
「女一人くらい余裕だって。お前小さいし。ほら、いいからもう行こうぜ。さっさと帰ってゲームしたいんだよ」

 本音はそれか、と思いながらも、彼の小さいし余裕という言葉を小さくて可愛いと都合良く脳内で変換した少女は、少しだけ上機嫌に少年のあとに続いた。

「昼間から酔っ払いが出るなんてやだね……暴れてないだけマシだけど」
「ホントだよな。大人のくせにマジ迷惑。つーかちんたら掃除してるアイツもうぜーけどな」
「そんな言い方……」

 掃除してくれていなかったら、知らないうちに踏んでいたかも知れないのにという少女に対し、少年はゲロくらいどうでもいい、近道出来ないほうが迷惑だ、と言って憚らない。少女はこれ以上追求しても不機嫌になるだけだと諦め、小さくそうだねと呟いた。




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