短 篇 蒐


▼ 蠢く街

 この街は、絶えず変異している。
 天を衝く廃墟の群。くすんだ灰色で埋め尽くされた廃墟街の住人は、排気と排水に塗れながらも澱んだ日常を謳歌していた。殿上人が住む上層から、ヤクザや浮浪者の棲む下層まで、縦にも横にも広いこの廃墟街。誰が呼んだか、廃頽城市。迷宮の如く入り組んだ裏路地には浮浪者が石塊のように転がり、繁華街の裏には料理屋が出した家畜の骨とヤクザが捨てた死者の骨が、古く汚れたポリバケツに雑多に詰め込まれ、ジャンク屋の庭には中層の民が投げ落としたガラクタが降り注ぐ。
 繁華街には日本とも中国ともつかない雑多な『アジア風』の店が建ち並び、昼夜を問わず、国籍不祥の娼婦が香水の匂いを纏って競い合うように客を引き込んでいる。
 彼女たちを身を売るしか能のない売女だと侮った男が路地裏に捨てられても、誰も見向きもしなければ弔いもしない。仮に衣服が残っていれば浮浪者がこれ幸いと剥ぎ取っていくだけだ。

 廃頽城市に法などない。あるのはルールと暗黙。
 一つ。裏の暗黙を知らぬ者は、八層の繁華街に降りてはならない。
 一つ。下層に生まれたならば、中層以上の世界を夢みるべからず。
 一つ。怪異に遭遇せし場合は、命ある限り掃除屋へ駆け込むべし。
 然もなくば、その命自ら投げ出すものと思え。

 闇に蠢くもの。路地裏を這うもの。堕ちたる魂の残滓。
 それらを纏めて怪異と呼び、人は暗闇を恐れながらも離れ難い隣人として生活していた。

 * * *




<< INDEX >>




- ナノ -