▼ 瓶詰めの心
痣だらけの白い足を揺らして、乃愛は遠い水平線を眺めている。横顔には真新しい赤紫色の痣が刻まれていて、凄く痛々しい。
その手には、瓶詰めの小さな手紙。
便箋すら使っていない、ノートの切れ端に綴った想いの欠片がある。
「この手紙を流したら、あたしたちのことも全部流れちゃえばいいのに」
「うん……そうだね」
ボトルを握り込み、立ち上がった。
そのとき、背後から「あなた、なにしてるの」と声がして振り向いた。
見れば知らない五十代くらいのおばさんが、険しい顔で乃愛を見上げている。
「あなたまさか、そのゴミ海に捨てようっていうんじゃないでしょうね」
ゴミという二文字に、胸がざわついた。
心を金属の爪で引っかかれたような心地だった。
乃愛を見れば、何の色もない微笑を張り付けておばさんを見下ろしている。
「いえ、ちゃんと持ち帰ります」
「ならいいんだけどね。それに、そんな格好で高いところに上がるもんじゃないよ。まったくはしたない」
「はい……すみません」
乃愛は再び腰を下ろし、軽やかに飛び降りた。
アスファルトの駐車場に車はなく、観光客もいない。地元民しか通らない海沿いの道は、今日も閑散としている。
おばさんは乃愛の顔と足を怪訝そうに一瞥して、ふんと鼻を鳴らして立ち去った。まだなにかブツブツ言ってるけど、聞く気にもなれない。
「……ゴミ、かぁ。そうだよね。海からしたら、瓶なんてただのゴミじゃん」
「それはそうだけど……」
わたしたちの気持ちも、きっと他人からしたらただのゴミなんだろう。
だってそうじゃなきゃ、乃愛はこんなに傷ついていない。
毎日毎日母親に泣かれて、父親に殴られて、傷だらけになってなんかない。想いが罪になるなら、捨ててしまいたかったのに。
「本当にゴミなら、二人一緒に燃えてなくなりたかったな」
「ね」
わたしたちは今日も、冷たい瓶に心を閉じ込めて生きていく。
何処にも流すことが出来ないまま。
『二人』