短 篇 蒐


▼ 欲望☆バレンタイン*裏

 あたしの友達の心愛は、一言でいうとうるさい。
 一人で元気いっぱいだし、ほうって置いても構ってもうるさい。
 一つ上の先輩に片想いしてるらしいけど、あたしに言わせれば全然本気じゃない。だって仮にも本物の恋心があったとしたら、どんなに人が群がってたとしても少しはアピールするものでしょ。
 でも、心愛はそれをしない。毎年チョコレートを作ってくるくせに渡そうともせずあたしにぼやいて、結局あたしにくれるの。

「ねえ心結ぅ、今年ももらってくれる?」

 ほら、今年も来た。
 中学時代から続いてる恒例行事だもん、慣れちゃった。

「しょーがないなーここ太くんは。伏して献上せよ」
「ありがとう、みゆえもん! お納めください!!」

 仕方ない風を装って、心愛からチョコレートを受け取る。
 綺麗にラッピングした、他人のためのチョコレートをね。

「で、今年はなに作ったの?」

 箱を眺めながら訊ねれば、返ってきたのはブラウニーとのお返事。今年もあたしの好きな濃厚系チョコレートなのは、わざとなのか何なのか。
 いいチョコとやらを使ってまで作ったのに、本命に渡すことすらしないなんて。

「もしかして自分以外に可愛いものは存在しなくていいっていう意思表明? やだ、惚れそう……! 心配しなくても心結は世界一可愛いのに!」

 あたしが包装を破り捨てていたら、心愛がまたあほなことを呟いた。たぶんこれは口に出してる自覚がないやつ。
 指摘すると余計五月蠅いから、あたしはブラウニーを食べながら、別のことを訊くことにした。

「ところで、いいチョコって?」
「あっ、そこ気になる? 気になっちゃいます!? 実はねー」
「……やっぱいいや」
「聞いてよー!!」

 打ち上げられた鯖みたいな動きをし始めた心愛から目を逸らし、廊下を見る。と、丁度心愛の本命が通りかかった。相変わらずバカみたいに女侍らせて、困ったふうな顔を装っている。

「うわ、またアイツかよ」
「いい加減先公も取り締まれよな」
「マジでうぜえ。視界にはいんなよち○ぽ野郎が」

 果たして非モテ男子たちのひがみ全開な悪態は聞こえているのかどうか。

「………………」

 不意に、先輩があたしのほうを向いた。
 あたしは心愛からのブラウニーを摘まんで口元に添え、フッと笑って見せた。ただそれだけで、充分効果があったらしい。
 彼は一瞬眉を歪めて目を逸らし、ハーレムを引き連れながら消えていったから。

「ねね、美味しい?」
「あたし、不味いものも汚いものも食べないよ?」

 あたしが食べるのは、心愛の手作りだけだから。
 人の気配を感じない工業製品は何とか大丈夫なんだけど、ちょっとでも手作り感があると食べられなくなる。
 たとえば実際はそんなことないってわかっていても、コンビニの手握り風おむすびみたいなものもだめ。スーパーのお惣菜もだめ。我ながら面倒臭いって自覚してる。
 母親は給食を殆ど食べず、食べてもすぐ吐いてたあたしを疎んでた。給食のことを知って、無駄金払わせやがってって父親に殴られたこともあった。
 クラスメイトはあたしがろくに食べないのを無意味なダイエットだと思ってたし、女子の一部には「痩せてるくせにダイエットアピールしてる痛い子」って言ってくる人までいた。
 中学に入って、敵だらけだったあたしの世界を救ってくれたのが心愛だった。

『んーっ、おいしー! わたしってば天才!』

 満面の笑みで、何の変哲もない……というにはだいぶ大きいおむすびを頬張る姿。ほっぺたに米粒をつけて、しあわせそうに満喫している顔。
 それを見たとき、あたしは初めて人の食べ物に興味を持った。

『……ねえ、それ、そんなに美味しいの?』
『うん! 食べてみる?』

 ずいっと目の前に突き出された、ハンドボールと見紛う巨大おむすび。

『あ……ねえ、その子、ビョーキだからごはんとか食べないよ?』

 横から全然話したこともないクラスメイトの女子が、半笑いで心愛に忠告するのを無視して、心愛のおむすびに齧り付いた。

『……卵焼き? 甘くて美味しい』

 信じられない、みたいな反応が周りで起きてるけど、あたしは知らないふりをして心愛だけを目に映した。子犬みたいな愛嬌のある顔が、見る間に輝いていく。

『お、当たりー! 卵焼きと、唐揚げと、鮭が入ってんの!』
『それ、もうお弁当じゃない?』
『いやあ、こーゆーの、一度やってみたかったんだよねー!』

 その言葉通り、次の日からはちゃんと普通のお弁当を持ってきていて。その一部を少しだけ分けてもらう日々が続いた。
 あるとき何となくあたしの性質を伝えたら、心愛は『そっか』とだけ言って。

『お腹すいたらいつでも言ってよ。わたし、作るのは好きなんだ!』

 心愛のその笑顔に、飾らない態度に、あたしは救われた。
 だから心愛のチョコレートは、今年も来年もあたしのもの。

 だってそうでしょ?
 本当に好きなら、周りに誰がいても少しはアピールするものでしょうから。



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