薔薇は無慈悲な庭の女王


▼ リアル格闘ゲーム


 繁華街のゲームセンターにて。
 藤乃から金を得られなかった三人は、仕方なく自分たちの小遣いでゲームに興じていた。しかし小遣いといっても、プリン頭の少年――佐久間凌が使っている金は、別の気弱な後輩男子を脅して奪い取ったもので、黒髪の少年の金は親の財布から抜き取ってきたもの。更に少女――辰見由夏の金は援助交際で得たものであり、どれ一つとして真っ当な手段で得たものはない。
 格闘ゲームの筐体でレバーを雑にガチャガチャと動かしていた佐久間は、画面中央に大きく表示された『You Lose』の文字に苛立ち、筐体を思い切り蹴りつけた。

「チッ、クソゲーじゃねーか!」

 佐久間が椅子を倒さんばかりの勢いで荒っぽく立ち上がったとき、向かい側の席に一人の少女が着いた。慣れた様子で百円を投入すると、涼しい顔で次々にステージをクリアしていく。対岸にはいつの間にやらギャラリーが出来ており、観衆は少女の巧みなボタン捌きに見入っている。
 やがて、序盤も序盤で負けた佐久間を後目に、少女は最終ステージも難なくクリアして見せた。スピーカーから操作キャラクターの勝利台詞と明るい曲が流れ、拍手が湧き起こる。更に観客は、口々に少女を褒め称え始めた。

「さっすが! いつ見ても最高!」
「もう人間TASじゃん! ヤバーい!」
「今日ここに来て良かったー! サイコー!」

 少女は照れくさそうに頭を下げながら、拍手喝采で祝うギャラリーのあいだを縫って筐体の前を去っていく。去り際、一瞬自分のほうを見てクスリと笑ったのを、佐久間は見逃さなかった。
 なにが起きていたのか理解が追いついた佐久間は、我に返るやゲームセンターの外へ出て行った少女を追いかけ始めた。日暮れを迎えた時刻ながらも人が多い繁華街では見失うかと思われたが、意外にも少女の後ろ姿はすぐに見つかった。
 派手な格好をした者や大人が多いこの界隈では珍しく、二つの三つ編み髪に全く改造していないお利口な制服姿だからだろうか。一年中図書館で本でも読んでいそうな容姿の少女が、何故ゲームセンターなんかにいたのかは知らないし興味もないが、もしかしたら優等生ではなくオタク女かも知れない。ならばなおのこと、藤乃の身代りには丁度いい。

「おい、凌! なにいきなり帰ってんだよ!」

 慌ててあとを追ってきた黒髪の少年、江ノ原修次が、佐久間に不満をぶつける。由夏は気付いていないのか追うのが面倒だったのかは謎だが、二人とは合流していない。
 佐久間は歩みを止めずに前方を顎でしゃくり、小さく「金づるがいた」とだけ言った。

「……アイツ、さっきの格ゲー女? お嬢にはみえねえけど、金持ってんのか?」
「ま、なきゃないでいいだろ。取り敢えずリアル格ゲーやりにいこうぜ」

 ヘラヘラと笑いながら、少女のあとをつけていく。三つ編みの後ろ姿は、一度参考書や学術書が多く売っている書店に寄ってから、近道のつもりか、細い路地へと入っていった。
 それを好機と見て、二人も路地に入り込む。入り組んだ裏路地を暫く進み開けた場所に出ると、駐車場と思しき空間が一階に作られたビルや、事務所や倉庫と思しき建物が並ぶ中を更に進んだ。
 暫くして、少女は路地を曲がって数メートル進んだ先で振り向き、二人を睨んできた。

「さっきから何なんですか? ずっと私のあとをつけてきてますよね」

 気弱そうなオタク女かと思いきや気が強かったことは意外だったが、そういう生意気な女を力でねじ伏せて泣かせることも娯楽の一つだと思っている二人は、全く意に介さず「だから何だよ」と嘲笑って返した。

「オタクの分際でちょーし乗ってんじゃねーよ!」

 喚きながら、ビルの外壁に寄り添うように置かれていた室外機を蹴りつける。ガツンと金属質の音が路地に響き、少女は僅かに身を竦ませた。その様子を見て虚勢を張っていただけだと確信した二人は、更に距離を縮めようと一歩踏み出した。
 そのときだった。

「ぎゃっ!?」

 後頭部に衝撃が走り、佐久間はそのまま前に昏倒した。異変に気付いた江ノ原が振り返るよりも早く、第二撃が振り下ろされる。バキリと頬骨が砕ける感触がして、江ノ原もその場に倒れた。

「さて、この子らは秘密の部屋にお連れしてじっくりお話するとしようか」
「いちごちゃん、誘導役お疲れさま」

 佐久間たちの更に背後から現れた男性二人が、三つ編みの少女に声をかける。少女は三つ編みの片方を無造作に掴むとそのまま引き剥がし、にこりと笑った。垢抜けない髪型の下から現れたのは薄桃と薄紫に染められた、やわらかなセミロングだった。

「落ちてるどんぐりを追いかけて森に入り込むような馬鹿で良かったよ」
「それも小さい子ならかわいいんですけどね」

 男性の片方は、藤乃を診察した『巧実さん』こと星那で、もう一人は今朝姫花たちを送り届けた卯ノ花こと狐だった。
 ふわふわとやわらかな髪を風に靡かせながら首を傾げ、両手を後ろで組みながら、苺は昏倒している少年を見下ろす。

「それ、生きてるの? 大丈夫?」
「勿論。殺しはうちの領分じゃないし、抑も依頼人は生き地獄をお望みだからね」
「そっか、良かった」

 佐久間たちにとっては何一つ良いことなどないが、苺は心から安堵した様子で頷いた。

「星那さん、片方は俺にくれるんですよね?」
「いいよ。どっちが上手に壊せるか、競争しようか」

 狐が、玩具を前にした少年のようなきらきらとした表情で星那に問う。星那はにこやかに許可を出し、更に恐ろしい提案をした。

「えぇー、星那さんには勝てないですよ、俺」
「狐くんも、俺と分野は違えどいい腕してるじゃない」

 星那に褒められた狐は、照れくさそうにはにかみながら足下に転がる江ノ原を踏みつけた。短く呻き声を上げた横顔を見下ろし、とろけるような笑みで囁く。

「俺、こっちがいいです。自分をSだと思ってる子で遊ぶほうが好きなので」
「じゃあ、俺はこっちだね。わかりやすいイキリ坊やだから張り合いはなさそうだけど、たまには猛獣の調教もやらないと腕が鈍っちゃうし」

 互いに獲物を決めると、それぞれがそれぞれの乗ってきた車に詰め込み、路地裏をあとにした。










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