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今、何といった?

一瞬、理解が出来なかった。

好きだと言われた。

フってくれとも、言われた。

酒に酔っていたはずの頭は、鈍器で殴られたような衝撃とともに一気に現実に引き戻される。おいおい、嘘だろ。頭の中でシャチが笑う。ほら、魔性じゃねえか。

組み敷いたままの告白なんて初めてじゃないか。くだらないことを考え始める俺を咎めるようにローは塗れた瞳で俺を見つめた。おいおい、なんて顔だ。そう言いそうになって反射的に飲み込んだ。そんな顔させているのは、俺だ。

嘘だろ。その言葉もまた飲み込んだ。嘘だろ。飲み込んだ言葉が頭で響く。

だから、なんて顔してやがる。

俺は割り切った関係がいーの。もう一人の俺が言う。そうだ、重たいのはごめんだ。割り切って、気持ち良いことだけして、跡は濁さない。最高じゃねえか。そんな俺を咎める、ローの濡れた視線。ずくり、小さな小さな俺の良心が痛んだ。

「いつから?」

長い長い沈黙を破り、漸く俺の口から言葉がこぼれ落ちた。未だローの中にある息子はすっかり萎えて、それでも抜き去ることはしない。出来ない。

揺れる瞳で、ローは言う。お前に抱かれる前からだ。目の前が真っ暗になった。嘘だろ、そんなの、全然。

「言うつもりなんて、なかった」

ぽろり。もう一粒の涙が落ちた。

蚊の鳴くような声で、わりいな、そうぽつり。混乱する頭を叱咤して、どうするんだと自身に問い掛けた。フるのか、キャプテンを、ローを。

未だ首に触れたままのローの手が冷たく、小刻みに震えている。かわいいなァ。問いかけを無視した頭はバカなことを言う。どうフれって言うんだ。八つ当たりに近い感情が頭を叱咤。いらいら、いらいら?

あれ、フらねえの?

いつもみたいに言えばいいじゃねえか。唐突に思い当たる。なんだ、簡単じゃん。

「俺は」

続くはずの言葉がのどに張り付いた。言葉が詰まって、息も詰まる。柄にもない。フることを、身体が拒否するようだ。

身構えるローを見下ろしたまま、俺は詰まったそれらを飲み下せば、ごくり。存外大きく音が鳴った。うわ、だせぇ。思うままに舌打ちを一つこぼした。

びくりと震えた肩を見ない振りして、ずるりと萎えた息子を抜いて、そのまま身体を起こして離れる。柔らかいマットレスが動きに合わせて形を変え、冷たい床に素足を着いた。

「シャワー、浴びてくる」

背中に刺さる視線から逃げるように、逃げ込む風呂場。混乱が混乱を呼ぶ頭を、今は兎に角落ち着かせたかった。素っ裸のまま風呂場に滑り込んで、コルクを捻ってシャワーから水を吐き出させる。頭から髪を伝い、顎を伝い、胸元を伝い、じわじわと全身の熱を冷やしていく冷水を目で追った。

好きだ、フってくれ、抱かれる前から。

ぐるぐるセリフが無限ループ。

やっぱお前ちょー好き。愛してるぜキャプテン。

俺のセリフも無限ループ。

ああ、酷い事してたわけだとすとんと納得できた。気軽に言うなと咎められた理由も納得。隠すの上手いなあ。俺が鈍いだけなんだろうか。いきなりどうしたんだ。ぐるぐるぐるぐる思考はまとまらない。まるでぼろぼろのスポンジみたいに、纏まるどころか砕けていく。砕けたカスを吐き出すように、ため息を一つ。体の熱を冷やしていく水が、俺を咎めるように肌を打ちつけた。



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