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 呪いだのパズルの力だの得体の知れない力の存在を垣間見てしまった私はお化けなんて無いさお化けなんて嘘さと言わんばかりに意気揚々とした態度で武藤くん達と一緒に吉森教授の居る童実野大学に行ったら様子がおかしい教授に襲われて城之内くんが首を絞められるという昼ドラでもやらなそうな恐ろしい展開になって研究室内が阿鼻叫喚というのが今までのあらすじなのですが若干パニックに陥りながらしているこの説明は誇張した表現がたくさん含まれているので信頼性には欠けるのであった。オッスオラ名前なんて小洒落た挨拶をしながらもっと優雅にあらすじ説明出来るようになりたい。

「教授……本気で城之内を殺す気よ!」
「吉森教授! どうしてしまったんじゃあ!」

 大学内には私達以外に人が居ないのか、それとも人の居る場所まで私たちの声が届いていないのか、これだけ皆が声を張っていても誰かがこの研究室に来る様子は無い。
 城之内くんの顔色は先程までとは打って変わって段々と青くなっていった。教授を睨んでいた筈のその両目も今はどこを見ているのかわからず、表情が虚ろになっている。抵抗していた両腕からも力が抜けているらしく、今は教授の両腕の上に添えられていると言った方が正しい程力を感じられない。このままでは城之内くんが死んでしまう。冗談ではなく、本当に死んでしまう。

「なんて馬鹿力じゃ! この腕テコでも動かん!」
「城之内くん!」

 周りも城之内くんの様子を目にし、教授を離そうとする腕に更に力を込めるが、教授の腕は微動だにしない。少なくとも50は超えているだろうと思われる教授の腕力とは思えないその両腕はどんどんと城之内くんの太い首もとを締め付けていく。遂に城之内くんの腕がだらりと力なく垂れた。心無しか痙攣しているように見える。
 まさか、と一番想像したくない事が脳裏に浮かぶ。焦りと恐怖が両腕に込める力を強くするが、教授の腕が城之内くんの首から離れる事は無い。真っ白になる頭の中で必死にどうすれば良いのか考えようとしていると、すぐ後ろから真崎さんの声が響いた。

「名前ちゃん伏せてて!」
「えっ」
「教授……ごめんなさい!!」

 彼女の言葉に反応するよりも前に武藤くんのおじいさんに両肩を引かれる。私の眼前をヒュっと何かが通ったと思ったら鈍い音が右耳に届いた。先程までの怪力が嘘みたいに力なく倒れる吉森教授の口から歯が3本出てきた。

「やったー杏子!」
「吉森教授が吹っ飛んだ……!」

 人の頭よりも大きな地球儀での殴打は女子高生の力でも充分な威力を発揮したらしい。もし武藤くんのおじいさんに肩を引かれるのが後少し遅かったらと考えると背筋が凍る。それと同時にすぐに反応出来なかった自分の反射神経の無さを呪った。
 万歳をしながら武藤くんは城之内くんに駆け寄る。幸い城之内くんは意識を失う所まではいかなかったらしく、絞められていた首元を左手でさすりながら大きく咳き込んだ。

「大丈夫城之内くん!?」
「ああ……杏子! ナイス一撃!」
「吉森教授もちょっと心配じゃが……」

 吉森教授は微動だにしない。恐らく気絶をしているのだろう。折れた歯が教授の頭の近くに転がっている。城之内くんを助ける為とはいえ、これは慰謝料を請求されても仕方が無いような気がする。起きた時に昼間のように戻っていればの話だが。教授をこの状態にした張本人は肩を大きく上下させている。

「うわ……真崎さんマジ……」
「だ、だって、こうしないと……何か手応えがありすぎちゃったけど……」
「教授大丈夫かな……」

 これは立派な正当防衛よと息巻く真崎さんから離れ、恐る恐る教授に近付いた。教授は倒れたまま動かない。吉森教授、と呼びかけながら彼の身体を揺すろうと、しゃがんでその胸元に手を置いたときだった。

「危ない苗字さん!」
「えっうわっ」

 武藤くんの言葉の直後、吉森教授の顔がこちらを向いている事に気付いた。驚きのあまり思わず退いてしまった事を失礼だったと後悔したが、首を危なっかしく揺らしながら常人とは思えない起き上がり方をする教授にそんな事を考える必要は無かった。私の方に伸びる両手の存在に気付き、驚きと恐怖で立ち上がる余裕の無い私は尻餅をついた状態のまま両手両足を動かして後退した。土足だから絶対床汚い。絶対尻汚れた。

「教授の状況は変わってないよ!」
「ゾンビか〜!! 皆なるべく散らばれ!」
「皆気をつけて!」

 後退していたら棚にぶつかったのでそれにしがみつきながら立ち上がった。幸い周りが騒いでくれたお陰で教授の視線はあちこちに向いている。ゆっくりとした足取りで誰に近付こうか選んでいる教授の姿は宛らゾンビである。バイオハザードかよ。

「ウゲッまたこっち来た!」

 城之内くんを狙いに定めたらしく、宛らイギリスの某ゾンビ映画の様に素早い足取りで教授が城之内くんに襲いかかった。のろのろとしか動けないわけじゃないんかい。

「吉森教授どうしてしまったんじゃ! ワシを忘れてしまったのかい!」
「じーさん! 駄目だ不用意に近付いちゃ!!」

 近くにいた武藤くんのおじいさんが横から駆け寄る。長年の付き合いらしいおじいさんの声ならひょっとしたら教授に届くのではないかと考えてしまうのは漫画の読みすぎだろうか。

「ウガウガー!!」

 ガッという痛々しい音と共に武藤くんのおじいさんが弾き飛ばされた。ゾンビの様になった教授は首を絞めるだけではなく殴る事も出来るらしい。城之内くんの首を絞めているときにテコでも動かなかったその腕力は小太りの老人を壁際まで弾き飛ばす程の威力だった。
 私が小さく悲鳴をあげている間に、飛ばされたおじいさんは本棚に身体を強く打ち付けるとそのまま動かなくなってしまった。自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。

「や、やだ、武藤さん、大丈夫です、か」
「名前はそのままじーさん看ててくれ!」
「え、看てろってどうやって」
「や〜い!オタンコナスのバカ教授ーっ!!」

 怖々とおじいさんに駆け寄ると、城之内くんはドアの前で教授を挑発し始めた。教授の注意は城之内くんに動いた。
「悔しかったら俺のケツに噛み付いてみやがれーっ! ケーッ!」

 ゾンビ状態の教授は言葉を理解出来たからか、挑発的な態度が癇に障ったのか、城之内くんの小学生レベルの挑発に怒ったような声をあげた。そして、そのまま研究室の外へ逃げ出す城之内くんを物凄い剣幕で追いかけていった。
 城之内くんのお陰で、一先ず研究室に居る私達は教授のターゲットから除外される事となった。ありがとう城之内くん。生きて帰ってきたらジュース奢る。
 武藤くんのおじいさんの鼻の下に指を置いた。ほんのりと生温い風を感じたので一番恐れていた事にはなっていないとわかった。ホッと安堵の息をつく。でも念のため救急車を呼んだ方が良いのかも知れない。
 携帯は確か鞄の中だ。城之内くんが首を絞められた時に慌てて放り投げてしまっていた気がする。研究室内を見渡そうと顔を上げたとき、真崎さんの後ろに見覚えのある人物が立っていた事に気が付いた。



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