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 いつの間にか右手首がすっかり完治状態と言える程にまで回復していたので久々にゲーセンで音ゲーでもやろうと思い、学校帰りに家とは反対方向のゲーセンに来た。プレイした。楽しかった。ここまでは良かった。ここから先が大変良くない。
 まず、久しぶりで楽しかったと言うのもあって時間を意識していなかった。これは自業自得なので自分に非があることを認める。だが、まだ学生が1人でほっつき歩いていても問題ない時間ではある。次に、お金を使いすぎた。これも自業自得。仕方ない。しばらくは節制を心がけよう。そして最後に、人質として捕まった。これは私に全く原因は無いと断言していい。むしろ事の理不尽さに怒りを感じる。おこ。
 経緯はこうだ。ゲーセンで時間と使った金額も忘れて指で16個のボタンを押すゲームやポップなミュージックのゲームを楽しんでいたら見た目からして僕達素行悪いですと言わんばかりの人達に絡まれた。まあ学校帰りということで制服のままだった上に私の通っている高校の女子制服はこの辺の地域では特に派手だと言うことで評判なデザインだから絡まれる理由としては充分だろう。しかも不良のたまり場と言っても仕方が無いゲームセンターに1人でいるのだ。まだ明るい時間だからとうっかりしていた。そんな彼らにニヤニヤと厭らしさしか感じない笑顔でねーちゃん1人なのとか俺達と遊ばないとかナンパのテンプレと言わんばかりの言葉を並べられ私は言葉に詰まる。まさか自分が生きている内にこんな経験をするとは思わなかったのでこう言うときの対処法は知るわけが無い。しかも私1人に対して相手は男でしかも複数人なのでただでさえ人見知りが激しい私はこの状況に恐怖を感じないわけが無かった。視界から彼らを外すように俯きながら結構ですと答えるがその程度で退いてくれる訳など無く、相手の1人がいいじゃん遠慮すんなよなんて事を言いながら私の腕を掴んできた。明らかに迷惑がっているのにそれを遠慮と捉えるとはさては貴様モテないななんて考える余裕はある癖にその掴んできた手を振り払うことは出来なかった。怖い。どうしよう。腕を引っ張られる。どこかに連れて行く気だろうか。咄嗟に空いたもう片方の腕で床に置いていた自分の鞄を掴む。どうしよう、どうしようとパニックになった頭で精一杯打開策を考えているとよく見知った顔が現れた。

「オレ達ゃよ、うしろからなんてこすい真似しねーぜ! 正面向けや……コラ!」

 何で城之内くんと本田くんがここにいるんだとか何で彼らは怪我をしているんだとか分からないことは多々あれど絶体絶命の状況に舞い降りた救世主の登場に私はそれはそれは喜んだ。目の前で殴り合い蹴り合い(と言うよりは城之内くんと本田くんが一方的に攻撃している)を繰り広げられたら普段の私なら怖くて足がすくむに違いないが、今はとにかく彼らが頼もしくて仕方が無かった。それやれやっちまえと心の中で拳を握りながら巻き添えを喰らうことが無いようにと少しずつその場から離れようとしたら、突然後ろから誰かに首元を押さえられた。それ以上動いたらコイツを殺すぞなんて大声が耳元で聞こえる。その声に気付いた城之内くん達の動きが止まった。こうして私は人質として捕まってしまったのである。説明おしまい。

「あ!? 名前お前何でいるんだよ!」

 今更になって私の存在に気付いたらしい城之内くんは驚きの声をあげた。あの状況の中に突っ込んでおきながら何故私の存在に気付かなかったんだとツッコミを入れたくなったが、現在進行形で頬にナイフを突きつけられていては下手に動くことは出来ない。まさか本当に殺したりなんてしないだろうとは思いつつも実際に刃物を突きつけられてしまってはめちゃくちゃ怖い。さっきの腕を無理矢理引っ張られたときとは比べ物にならないくらい怖い。泣きたい。

「へへ……こいつお前らの知り合いか……なら丁度いぶへぁっ」

 このまま城之内くん達の動きを止めるために私を人質に利用しようとした男の額に本田くんが投げた何かが当たった。音からして固いものらしい。私の首元を押さえていた腕の力が緩んだのを感じたので死に物狂いで男から離れた。離れながらも本田くんが投げたものが気になったので振り向いてみると不良の近くにスパナが転がっていた。ああ投げたのはこれか。私に当たっていたらどうする気だったんだ。冷静に考える頭に反して心臓はばくばくと激しく脈打っている。全身が震えているのを落ち着かせようと息を整える。武藤くんが駆け寄ってきて心配してくれたが今まで彼が居た事に気付いていなかったので驚いて仰け反ってしまった。

「む、武藤くん、いたんだ」

 首に掛けているパズルが目に入り、自分でも分かるくらい顔が強ばる。ばくばくと心臓が騒いでいるのが不良の恐怖を引きずっているのか武藤くんに対してなのかわからない。武藤くんが心配そうにこちらを見ているが、私は彼の顔を見ることが出来なかった。

「あ、苗字さん怪我……!」
「え?」

 怪我なんてしていないはずと思いながら武藤くんが指差す自分の左頬を触ってみるとヒリッとしたので思わず眉間に皺を寄せてしまった。触った左手を見てみると指先に血が付いている。さっき逃げる時に男のナイフが擦ってしまったのだろうか。

「ああー……うん、大丈夫、だと、思う」
「ほ、本当? 取りあえずティッシュ持ってるから使って」
「あ、ありがとう」

 女の子なのに顔に傷を作ってしまった。耳に近い位置なので髪の毛で隠すことは出来るけども。親に見つかったら面倒臭そうなので黙っておこう。幸い本当に浅い傷らしくティッシュで少し押さえたら血はすぐ止まった。城之内くん達は相変わらず不良を殴ったり蹴ったりしている。

「それでよぉ〜ダチを人質に取ったのもむかつくけどよぉ〜俺のスニーカー返してくんないかなぁ〜」

 鼻血を垂らす不良の胸ぐらを掴む城之内くんをよく見ると靴を履いていない。どうしたのかと武藤くんに尋ねたら大金をはたいて買ったスニーカーを私に絡んできた不良達に盗られたらしい。今度は武藤くんに何で彼らに絡まれたのかを尋ねられたので軽く経緯を話したら1人でゲーセンにいたのと訊かれた。うっせえほっとけ。

「お……俺ら持ってねぇよぉ……」

 先程までの威勢の良さは何処にいったのか、不良は弱々しい声で答えている。少し震えているようにも聞こえる。涙声だ。ざまーみろ。

「たのまれてんだよ〜いつものコトでさぁ〜たった1人あたま三千円さ〜こんな金ゲーセンじゃ一時間ともたねー額だろ……あいつだよ〜ショップのオーナー……」
「な……」

 状況が飲み込めなかったので本田くんに説明を求めると、つまり城之内くんがスニーカーを買ったお店のオーナーがこの不良達を雇って城之内くんから商品を取り戻してお金だけを巻き上げていたという事らしい。そんな明らかに犯罪としか思えない事をやっててよく捕まらないなあなんて感心したら、お店自体が路地裏の奥なんていう辺鄙な場所にあって一部の人にしか知られていないからだろうと本田くんが言った。



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