09


 翌日、城之内くんは昨日と同様、頬に湿布を貼って登校してきた。遠目から見ても幾分か腫れは引いている事がわかる。本人は気にしていない様だったが、それでも怪我の元々の原因が私にあると言う事実は消えない。申し訳なくて、彼の視界に入らないことを祈った。

「なに〜超能力少年だぁ〜!?」

 昼食を終えて教室に戻る最中、よく知っているうるさい声が聞こえてきた。人が少ないのも相俟ってその声は廊下にいてもよく聞こえた。超能力と言えば、最近隣のクラスに予言が出来る人がいるなんて噂をしている人がいたな。占いは人並みに好きだが、貴方の未来はこうなりますなんてハッキリ言われるのは好きではない。関係無いかと真っ直ぐ教室に戻ろうとした。戻ろうとしたが出来なかった。

「行くぜー遊戯!! 杏子っー!」

 突然教室から城之内くんが飛び出してきた。後ろには武藤くんと真崎さんが数珠つなぎの様に繋がっている。城之内くんは私の姿を確認すると、ほぼ反射と思える動きで私の腕を掴んできた。

「名前! お前も来いよ! 占ってもらおーぜ!」
「え、あの、え?」

 制止する間もなく引っ張られ、A組の教室まで連れて行かれた。食後すぐに走らされて脇腹がキリキリと痛む。

「私こういうの興味無いんだけど……」
「ごめんね苗字さん……」

 武藤くんの言葉に大丈夫だと返し、弁当箱が入った手提げを両手で抱えた。そもそも私を引っ張ってきたのは城之内くんなので武藤くんに非は無い。謝るなら城之内くんに謝って貰いたいものだ。教室の中を覗くと、その超能力者に占って貰いたいらしい女子達が列を作っている。

「わーすごい人だね」
「占いとかってみんな好きよね〜」

 教室の隅にぎゅうぎゅうと詰まっている人達を見て真崎さんが小言を漏らしている。真崎さんはこういうのに興味は無いらしい。私以外にも興味を示さない人がすぐ近くにいたと言う事に少し嬉しくなった。
 周りが女子ばかりですぐ横にいる男子2人は居心地が悪くないのかと思っていたら、案の定恥ずかしがったららしい城之内くんがここにきた理由に真崎さんを使おうとしていた。あたかもここに来たのは真崎さんに連れてこられたからだと言う態度を取っているが、真っ先に走ってきた人が何を言っても説得力を感じなかった。何言ってるのと真崎さんに突っ込まれ、ぎゃあぎゃあと騒がしい。挙げ句の果てにはその超能力者の人に付き添ってる女の子にうるさいと言われる始末だ。軽く頭を下げて、手提げで城之内くんを軽く突っついた。こういう風に注目を集める事になる方がよっぽど恥ずかしい。

「狐蔵乃様は全神経を集中して御力を高めていらっしゃるの!」

 頭や首に怪しげな装飾を付けた女の子が色々言ってきたが、正直内容がオカルトすぎて、その姿が間抜けに思えてしまった。笑いそうになるが、本人や周りは至って真剣な面持ちなので、顔に出したら失礼になると我慢した。注意された所為か、私達を見る周りの人の目が何だか冷たい。
 いつの間にか順番が回っていたらしく、目の前には先程色々注意してきた女の子達と、超能力者と思しき男の子がいた。机に黒い布を敷き、雰囲気を出す為かその後ろには黒い布を垂らしたロッカーもあったが、「整理整頓」と書かれたボロボロの張り紙が折角作った雰囲気を壊している様に見える。

「……ねえ、私教室戻るね」
「何でだよ、ここまで来たなら占って貰おーぜ」
「いや、私こういうの興味無いし……」

 戻ろうとするのを城之内くんに制止された。何とか振り払おうとしていたら、私達の順番が回ってきたらしい。未だに恥ずかしさが抜けていないらしい城之内くんはニヤニヤしながら真崎さんに先に占って貰う様促していた。
 そんな中、突然ゴゴゴゴと地響きの様な音が聞こえてきた。その直後、床が揺れる。誰かが地震だと言っていたが、その声がした時には私の頭は混乱していた。
 私は地震が苦手だ。恐らく人よりずっと怖いと思っている。こうしている今も自分が何をしているのかわからないし、何を見ているのかも分からない。
 間もなく揺れは治まり、地響きも止んだ。机の下に逃げ込んだり、動きを止めていた生徒達がガヤガヤと騒がしく動き始める。

「止んだみたいだ!」
「けっこー揺れたな…」

 ゆるやかな横揺れの地震だった。恐らく地震速報としてテレビの上部にちょっと流れるだけで終わる程度のものだろう。

「名前さん大丈夫?」

 真崎さんに話しかけられ、ようやく我に返った。余程怯えてしまったらしく、その場に座り込み、額には汗が滲んでいた。我ながら情けない。真崎さんが背中をさすってくれていた事に気付いたので、大丈夫だと言いながら立ち上がった。残りの2人にも心配されてしまい、何だか恥ずかしかった。

「ちょっとそこの君…さっき『占ってもらえ』 確かそう言いましたね?」

 突然超能力者の男の子が城之内くんに話しかけてきた。座っていても身長が小さい事が分かるくらい小柄だ。あまり人の見た目にどうこう言いたくはないが、何だかすごく苦手だと思ってしまった。理由を聞かれると言葉に詰まってしまうのだが、とにかく、生理的な、そう、生理的に駄目だ。先程の地震のショックで、だたでさえ気分が優れていないと言うのに、彼の顔を見るのは辛いものがあった。
 その男の子だが、何かを言いながら城之内くんに紙切れを渡していた。横から覗き込むと、そこには「今日じしんくる」と書いてある。小学生みたいな字だ。じしんとは地震の事だろうか。周りからは拍手が沸き起こる。

「やっぱ私……見てもらおうっかな〜」

 先程の予言と拍手に流されてか、あれほど興味が無いと言う態度を取っていた真崎さんが超能力者の前に手を出した。先程占いじゃない云々と言っていた割には、その様子はどう見ても手相占いだった。心無しかその手を執拗に撫でている様に見える。見ていて寒気がしたので目をそらした。

「では次の人…」

 いつの間にか終わってたらしい。真崎さんは頬を染めながらえらくご満悦な様子だった。何か良い事でも言われたのだろうか。真崎さんの次だった城之内くんはえらくぞんざいな内容で終わってしまっていた。ぶつぶつと文句を良いながらこちらに戻ってきた。
次は私の番だった。遠慮したかったが、真崎さんに背中を押されて彼の前に立つ。手を出す様に言われ、先程城之内くんに対してはその必要が無かったのにと思いつつ手を出した。触ってきた相手の手がすごく気持ち悪く感じた。思わず顔が歪む。

「むむ…ふむふむ…」

 私の手を眺めたり撫でたりしながら何かをブツブツ呟いている。早く終わってくれないかと思いながら、彼の後ろに貼られている整理整頓の文字を眺めた。

「あなたは最近孤独感に苛まれることがありますね」
「……最近じゃなくて昔からですね」

 話を聞いて拍子抜けてしまった。コールド・リーディングでよく使われるネタの一つではないか。テレビで全く同じ事を聞いてくる占い師が紹介されていたのを思い出した。

「……もういいです。ありがとうございました」

 これ以上手を触られている事に耐えられず、振り払う様に引っ込めた。反射的にスカートに触られた左手を擦り付ける。触られた感触が気持ち悪く左手に残っている気がする。両隣にいる付き添いの女の子達がギャアギャア騒いでいるが、聞こえないふりをした。

「ま、待ちなさい! 見える、見えますよ! あなたは近い内に友人に裏切られる! そこにいる友人の誰かに!」

 焦った様子の超能力少年は声を荒げながら私に向かって叫んできた。その顔は怒っているらしかった。裏切る友人であると言われた3人は驚いた表情で私の方を見ている。

「……友人じゃないです。この3人は、友達じゃ、ないです。…それじゃ」

 私は誰の顔も見ない様にして教室を出た。城之内くんが私を呼び止めようとしている声が聞こえたが、知らないふりをした。



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