09


 今更なことであるが、私は運が悪い方だ。
 勿論人並みに運がいい日もある。道端で500円玉を拾ったことがあるし、テスト勉強が間に合わない時にヤマを張って当たった事もある。ただ、今まで生きてきた中で幸運と不運の割合が人より不幸寄りになっているだけだ。

「女連れて俺らに喧嘩吹っ掛けるとか舐めてんのかぁ?あ?」

 だからと言って、これは勘弁して欲しい。

 1時間程前の事だ。久しぶりに商店街に買い物に来た。と言うよりも、母親にお遣いに出されたと言った方が正しい。使っていたアクリルがいくつか無くなりそうだから買いに行こうと思っていたのに、母に強引にチラシを押し付けられた。渡されたチラシには、どれも赤いマジックで丸く囲まれた商品がいくつかある。買って来いと言う事なのだろう。結構な量だったので断りたかったが、仕事の疲れが取れてないらしい様子の母にそれは言えなかった。
 手にしたチラシを眺める。スーパーと洋服屋の2枚だ。洋服屋は靴下だけだが、スーパーの方が結構量がある。チラシの端に広告の品物以外まで書き込んであると言う徹底っぷりだ。一番最後に回した方が良いと思い、先に洋服屋に向かおうとした所だった。

「おい名前じゃねーか!」

 それはそれはよく聞き覚えのある声が聞こえてきた。まさか休日まで顔を合わせる事になるとは思わなんだ。苦い笑いが溢れる。

「……き、奇遇ですね城之内くん」
「丁度いい所だったぜ! お前今時間ある?」

 チラシを確認すると、頼まれたものはどれもタイムサービスの類いではなかった。大丈夫だと言うと、城之内くんは半ば強引に私の腕を引っ張ってどこかに連れて行った。

「……えっと……」
「お前もここのチラシ持ってたって事は知ってるだろ?レトルトカレー安いんだけど個数制限あってよ〜協力してくれ!」
「はあ……」

 スーパーの前に立ち、お願いと私に向かって両手を合わせる。私もどうせ後々スーパーに行く予定だったので、良いよと買い物かごを手に取った。誰かと一緒に買い物をすると言うのが初めてなので妙に緊張する。
 中に入ると、城之内くんは真っ直ぐ平台に積まれているレトルトカレーの山へ向かった。値札にはお一人様5個までと書かれている。

「いや〜助かるぜ名前! 10個くらい買っておきたかったんだけどさすがにレジに2回並ぶのも恥ずかしくてよ〜!」
「夜食かなにか?」
「ん〜夜食ってか夕食だな」

 彼の親は食事に関してぞんざいなのだろうか。私の家でそれをやろうものなら健康志向な母が怒りに狂うだろう。
 城之内くんは上機嫌に、両手に抱えたカレーの半分を私の持つ買い物かごに入れた。他に買うものはないらしく、私のお遣いに付き合ってくれた。チラシを見ながら店内を歩き回った。

「ひえ〜そんなたっけえ味噌買うのかよ。ひょっとしてお前んち金持ち?」
「ち、違うよ。母が料理好きでこだわりが強いの」
「そういえばお前の弁当、前に覗いたら美味そうだったよな〜」

 貴様見ていたのか。そんな突っ込みは置いておいて、確かに母が頼んできたものは広告で安くなっている生ものを除くと、値段が気持ち高いものばかりだ。母曰く、調味料は良いものを使うだけでグンと料理の味が変わるらしい。
 チラシに書かれていた物がかごの中に揃っている事を確認し、レジに並ぶ。会計を済ませた後、城之内くんに頼まれていたレトルトカレーを渡した。サンキューと言いながら笑顔を見せる彼を見て、果たして本当に彼は不良なのだろうかと疑問に思った。
 買った物を袋に詰めて、お店を出た。城之内くんが付き合ってくれたお礼だと袋を持ってくれた。この後どうすんだと聞かれ、まだ母のお遣いと自分の用事が残ってる事を言うと、じゃあ折角だし付き合ってやるよと言われた。正直、他のクラスメイトに見つかったら誤解を受けそうだったり、1人でゆっくり買い物がしたかったりという気持ちがあったが、彼の善意を無下にする程私も酷い人間ではない。じゃあお願いすると快諾し、次の目的地へ向かった。

「いてっ」
「あ、す、すいません」

 道中、通行人とすれ違い様に肩をぶつけてしまった。慌てて謝り、再び歩き出そうとしたが、ぶつかった相手が悪かったらしい。

「あーいってーマジいってー。オイオイねーちゃん勘弁してよー」

 腕を押さえながらぶつかった相手がうずくまった。彼の周りにいる友人と思しき人達はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。うわあ、やってしまったのかも知れない。後悔するも時既に遅く、立ち上がった相手はこちらを見下ろしながらニヤニヤと下品な笑顔で言ってきた。

「こりゃ骨が折れちまったかもなあ〜ねーちゃんどうしてくれるの〜」

 まさかこんな古典的な絡み方をしてくる不良がまだ居たとは。心の片隅で感心しつつも冷や汗が垂れる。古典的だろうとなんだろうと、不良にいちゃもんを付けられた事が今までないので、どう対処すれば良いのか分からない。どうすればいいのか分からず視線を泳がせていると、私の前に城之内くんが立った。

「ぶつかってきたのはてめーからだろーが。あ?」

 今まで聞いたことが無いような低い声だった。
 そして、冒頭に戻り、冒頭のセリフを不良が吐いてくるのである。城之内くんの顔は見えないのでわからないが、その背中は何だか怖くもあり、頼もしくもある。しかし、このまま殴り合いを始めそうな雰囲気は、人通りの多い中では目立ってしまうので勘弁してくれと言うのが本音だった。

「喧嘩振ってきたのはてめーらだろーが。やんのかコラ」

 いつだったか学校で彼が喧嘩自慢をしていた時に売られた喧嘩は買うのが主義だと言っていた気がする。それが本当なら、この喧嘩も恐らく買うつもりなのだろう。案の定、彼は持っていたスーパーの袋を私に押し付けてきた。相手が顎で指した細い路地裏に歩き出す。この様な出来事に耐性のない私はただポカンとその様子を眺めている事しか出来なかった。
 5分ほど経っただろうか、不良達が消えた路地裏から、城之内くんが1人で出てきた。左目の下が赤く腫れている。

「だ、大丈夫…?」
「ん? ああ、余裕余裕! うっかり1発貰っちまったけどな」

 相手は4人だったと言うのに1発で済んだと言うのは誇れる事なのではと思ったが、言わないでおいた。それよりも、この一連の騒動のそもそもの原因が私の不注意にあると言う事を、その赤く腫れた傷が訴えている様に感じた。

「……き、傷、手当てしなきゃ」
「え? いや別に大丈夫だってこれくらい…」
「駄目だって、ほら」

 別に良いと言う城之内くんを強引に引っ張って、近くにある薬局の前に立たせた。私は城之内くんに持っていたスーパーの袋を渡し、自動ドアをくぐり、湿布とハサミをレジへ持っていった。会計を済ますと、袋からその二つを出しながら城之内くんの元へ向かった。湿布を取り出し、3分の1程の大きさに切り、城之内くんの腫れた頬に貼った。

「……ごめん」
「何が?」
「いや……私の不注意で」
「んな気にする事じゃねーって」

 大体ぶつかるときあいつらの方からお前に寄る様にぶつかってたぞと笑いながら城之内くんは言ってきた。殴られたのに笑ってられるとは、この人は本当にすごい人だと思った。残った湿布とハサミは家に帰ってから使ってくれと、彼のレトルトカレーが入っている袋に押し込んだ。



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