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 バスが来るまで時間があったので、バス停に併設されているベンチに腰を下ろす。もう大丈夫だからと武藤くんから鞄を受け取ったが、夜は危険だからとバスが来るまで一緒にいてくれた。気になる事はいくつかあるのだが、疲れてしまった事もあり、口が開かなかった。無言のまま、2人でベンチに座る。チョコがまだ余っていたので、武藤くんと私で一つずつ食べた。
 眩いヘッドライトが見え、それが私が乗るべきバスの物だと確認する。携帯の時間を確認すると、9時半近くにまでなっていた。結局結構な時間を武藤くんには付き合って貰ってしまった。ごめんとありがとうを伝えながらバスに乗り込む。私を見送る武藤くんの姿は、何度確認してもやはりパズルを完成させるまでの武藤くんとは違う様にしか見えなかった。

 最寄りのバス停に着いたので、運転手さんにお礼を言いながらバスを降りる。携帯の時計は10時少し前を示していた。恐らく両親は帰ってきているだろう。まさかクラスの男子の家に遊びに行ってただなんて言えない。あらぬ誤解を招いてしまいそうだ。
 意味が無いのは分かっているが、足音を立てない様にマンションの階段を上る。エレベーターを使った方が楽なのは重々承知であったが、夜のマンションのエレベーターは無性に不気味で使いたくなかった。重たい足を引きずりながら5階に着く。思いの外5階まで階段だけで上ると言うのは体力を削られた。日頃の運動不足もあったのだろう。明日からジョギングでも始めようかと、絶対にしないであろうことを考えながら、そっと自分の住んでる部屋の前に到着する。玄関の横についている窓から、中の電気が点いている事を確認する。怒られるかも知れない。何処に行ってたか聞かれたら、友達の家に遊びに行っていたと言おう。嘘は言っていないから大丈夫だ。深呼吸をし、ドアノブを握った。

「……た、ただいま」

 台所からは水の音と食器がぶつかり合う音が聞こえる。母が起きているのだろう。恐る恐るリビングの扉を開ける。

「あら、おかえり。遅かったね」

 絶対に怒られると思い、覚悟を決めて入ったので、母のこの何喰わぬ顔での反応には面食らってしまった。お、遅くなりました…と申し訳無さそうに言うと、何処に行ってたの?と聞かれる。きっとこの後怒られるに違いないと心臓が騒ぎ立てる。自分の体内で鳴り響く心音が聞こえないふりをしながら、友達の家に行ってたと答えた。誤摩化している様な素振りが露骨に出てきてしまった様な気がする。でも嘘は言っていない。男子という情報をうっかり伝え忘れたというだけだ。

「バス大丈夫だった?」
「う、うん。最終のに間に合って大丈夫だった」

 母が怒る様子が無いので何かあるのではないかと妙に身構えてしまう。娘がこんな時間までフラフラしていたなら親は確実に怒るのではないか。蛇口から出て来る水の音と、食器がぶつかる音だけがリビングに響く。

「お、遅くなってすいません……」

 遂に耐えきれず私から謝った。先程から母は私の方を見ない。もしかしたら怒りを声に出していないだけで俯いたその顔は鬼の形相になっているのではないか。そんな事を考えながら母からの言葉を震えて待っていると、そんな私の考えとは全く違う反応が返ってきた。

「確かに遅くて心配したけど、名前に友達がいたみたいで安心したわ。あんた余り学校の子と遊ぶ事しなかったから、高校で友達出来てるのか心配だったのよ。次からは遅くなるなら携帯に連絡頂戴ね」

 お母さんごめんなさい。母の言葉の色々な事に対して謝罪の言葉を頭の中で述べた。確かに今まで友達いませんでした。今までもそうだったし、恐らくこれからもあまり友達出来ません。いても喧嘩別れの様な別れ方ばかりだったので母に友達の事言えませんでした。あと携帯あったから遅くなるって連絡すれば良かったです。そして先程行った友達の家とは男の子の家です。疚しい事はありませんでしたが女友達の家にすらほとんど行った事が無い身がいきなり異性の家に行くなんて言うふしだらな行動をとってすいません。

「ごめんなさい、次から気をつけます」
「そうね、気をつけてね。ご飯、お父さんの余り物だけど良い?」
「うん、食べる。ありがとう」

 母が作ってくれた夕食を食べ、お風呂に入り、ベッドに潜った。結局、武藤くんは20万円はどうするのだろう。心配無いと言っていたが、具体的な作戦でもあったのだろうか。疲れに甘えないで詳しい事を訊いておけば良かったと考えながら、段々と微睡んで行く意識を手放した。




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