04


 このパズルは所謂神社で買う御守の様な物で、その効果を信じるも信じないも人それぞれで、持つことに意味を見出すのは持ち主次第な、「ただの物」だと思っていた。しかし、目の前で完成したそれは、どう見てもただの物とは言い難い現象を起こしている。目も眩むような強い光を放つそのパズルは、ほんの数秒でその光を消した。驚きのあまり目を瞑っていた私が、そっと両目を開くと、武藤くんが俯せに倒れている。

「む、武藤くん!?」

 ただ事では無い出来事の連続に半ば混乱気味のまま、武藤くんに駆け寄る。
 冗談のつもりなのだろうか。いや、でも、先ほどの謎の現象の後にそんなふざけた事を武藤くんがするだろうか。とにかく、俯いたまま動かない武藤くんを起こそうと試みる。
 武藤くん、武藤くん、と呼びかけながら肩を揺する。んーと声が聞こえた。良かった、最悪の出来事にはなっていなかったと胸を撫で下ろす。

「武藤くん、大丈夫?」
「…………」

 武藤くんは無言のまま身体を起こす。その様子を見るに、これと言った異常は無いようだ。ただ、先ほどまでとはどこか雰囲気が違う様に見えた。
 武藤くんはパズルを首にかけながら無言で立ち上がる。心無しか、その表情は怖く見える。彼はタンスの前に立つと、徐に服を取り出し着替え始めた。じ、女子が目の前にいると言うのに大胆だなオイ!

「ね、ねえ、さっきの光……見た?」

 恐る恐る話しかける。てっきり、起き上がった時に、私同様さっきの謎の光について何か反応を見せるかと思っていたが、それらしい素振りも見せない。それどころか、先程から私の方を見ない。
 着替えを終えた武藤くんは(あろう事か女子を前に下着以外を全部着替えた)私の方を見る。こんな時間なのに、着替えた服装は制服だ。何やら仰々しいチョーカーまでしている。やはり、雰囲気の違和感は私の気のせいでは無かったようだ。先程と少し違う制服の着方もそうだが、今の武藤くんは鋭い目をしている。見た目が劇的に変化していると言うわけでは無く、それこそ勘違いかと思ってしまう程の些細な変化ではあるが、それでも言葉にできない確信めいたものがあった。

「名前」
「え? あ、はい」

 突然名前で呼ばれた。あれ、武藤くん、私のことは苗字で呼んでいなかったか。
 武藤くんは私の鞄を持ち上げると、部屋を出た。え、あれ、と狼狽えていると、私が出てこない事を訝しんだ武藤くんがドアの向こうから顔を出す。

「どうした? 帰るんだろ」
「え? あ、はい」

 思わず先程と一字一句違わない返答をしてしまった。見た目だけではなく、喋り方や行動まで先程の武藤くんと違う。一体何が起きているのだろうか。鞄を受け取ろうとしたら、途中まで送って行ってやる、と返してくれない。突然の行動に戸惑いを隠せない。
 玄関で靴を履き、外に出る。春とは言え、夜は昼間よりほんの少し肌寒い。街灯を頼りに真っ暗な道を2人で歩く。突然雰囲気が変わった彼とどう接すれば良いのか分からず、沈黙した空気ばかりが流れる。

「あ、明日、結局どうしようか決めなかったね……」

 勇気を出して話題を出してみる。先程の光と言い、武藤くんの雰囲気と言い、妙にファンタジーじみた事が起きてしまい、正直な所頭が追いついていない。こうして歩いているのも、ひょっとして武藤くん家でうたた寝をしてしまい、そこで見ている夢の内容なのではとさえ思えてくる。うたた寝をしているのなら、早く起きて牛尾対策をしなければ。

「その心配はもう無用だぜ」

 武藤くんが口を開く。バスの中や武藤くん家に着いた直後はあれだけ頭を悩ませ、怯えていたのに、今は妙に自信に満ちている様に見える。そんな彼を見て、ひょっとしたら本当に心配する必要なんか無いんじゃないかと思えてくる。頭が追いついていない所為で、冷静な判断も出来なくなっているのだろうか。何だか身体も疲れている様な気がする。早く帰って寝てしまおう。
 会話が続かないままバス停に着いた。何とか私の家の方向に行くバスの、最終には間に合ったようだ。



← |