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「苗字さん、もう着くみたいだよ」
「ん〜?」

 海馬くんの会社自慢を聞いていたらいつの間にか寝ていたらしい。俯くように寝ていたので寝顔は見られてないだろうし涎も口から垂れてないからセーフ。別に海馬くんの話がつまらなかったってわけじゃ、ない、です、よ、ということにしておいて下さい。ごめん海馬くん。高級車の座り心地が良かったんです。
 運転手さんの荷物は置いておいて良いという言葉に甘えて、携帯と財布のみを持って車から降りると、随分と大きなビルが目の前にそびえ立っていた。うわあ高校生が社長の会社がこれ建てたの。家も充分大きかったがこのビルはその家すらちっぽけに見えてしまう大きさだ。何階建てなんだろう。蛇足だが屋上の形が毎年2回行われるオタクの祭典の会場に似てる。

「名付けて『海馬ランド』! 屋内型のアミューズメントパークさ!!」

 何だそのダサい名前。世界でいちばんダサいと言われているフィンランドの某曲の某PVすら裸足で逃げ出すダサさに驚きを隠せない。余りにも隠せなくて思わず噴き出してしまった。ごめん海馬くん。
 冷静になれ私。夢の国だって創設者のファミリーネームから取ってるじゃないか。それに肖ったのだと思えば海馬くんのネーミングセンスが悪いというわけでは、いややっぱりダサい。激ダサだぜが口癖のテニスのプリンスが大暴れしそうなくらいダサい。

「あ、海馬サマだ!」
「ゲームの天才! 僕らのヒーロー!」

 私達が車から降りると、建物の前で開場を待っていた子供達が海馬くんを取り囲み始めた。子供達の声に海馬くんも笑顔で応えている。あの真っ赤な上着を着たまま大衆の前に出るとか海馬くん身体を張ったギャグが好きなのかな。

「あいつガキにすげー人気だな……」
「あんな格好でも誰1人それに突っ込まないあたりカリスマっぽいよなあ」
「うーんたまに思ってたんだけどお前って変な所ばっかり目につけるよな」

 海馬くん曰く、この激ダサ間違えた海馬ランドは本来まだオープンの日ではないらしい。落成式というのは、オープン前にこのパークを開放し、事前の抽選で当選し招待された子供達に遊んでもらうという、所謂今後の集客の為の話題づくりの為のものだそうだ。しかも太っ腹な海馬社長は、なんと今日は一切のお金をとらないと言ってのけた。さすが一介の社長はやる事が違う。君たちも楽しんでいってくれと微笑む海馬くんは、先日武藤くんのカードをネコババしようとした海馬くんと同一人物なのか疑問を感じた。実は学校に通っているのは影武者で本物はこっちとかいう紳士同盟な秘密があったらどうしよう。灰音ポジションの女の子を取り合う2人の海馬くんという絵面は面白すぎる。

 そうこうしている内に、海馬ランドが開場した。最先端の技術を結集させたという色んなアトラクションに乗せてもらったり、パーク内で売られているフードやドリンクをご馳走してもらったり(毒が入ってないか疑ってしまったがそんな事は無かった)など至れり尽くせりな持てなしをしてもらった。
 途中、先代の社長の右腕という男性の乱入で心臓が縮む思いをしたのだが、あれが俗に言う社会の闇というものなのだろうか。連れ出された男性の鬼気迫る様子がすごく怖かったので正直私は家に帰りたい。大人の汚い部分が蔓延った子供向けアミューズメントパークとか居たくない。突然母の右腕が疼きだしたとか言って帰りたい。かーちゃんごめん。

「まだまだ楽しみはこれからさ! 今から見せるのは今日の落成式の最大アトラクション!」
「うわまだあるの」
「苗字さんそういうのは思っても口に出しちゃ……」

 武藤くんの為に用意した特別なショーなら私は要らないだろ。もう帰ろうぜ城之内、と馴れ馴れしく隣ではしゃいでる城之内くんに話しかけたらお前だけ帰れよという冷たい返答を頂いた。いつか泣かす。
 さあ入った入ったと海馬くんが急かすので、私達は言われるがままに目の前の大きな扉を開いた。開けた瞬間に大きな歓声がわあっと響いたので、一体何事だと前に立つ2人の横から目の前の景色を確かめた。
 目の前には、宛ら大きな屋内ドーム(武藤くんは闘技場みたいだと言っている)のような空間が広がっていて、観客席にはたくさんの人が所狭しと詰まっている。まるでこれから何かのショーが行われるような雰囲気だ。歓声に混じって海馬くんの名前のコールが聞こえる。ここで海馬くんが指を鳴らしながら勝つのは俺だって宣言してくれたら完璧。勝つのは氷帝だけど私は立海派。

「あの箱ん中に誰かいるぞ!」
「あ……!! あれは……!! じーちゃん!!!」

 武藤くんの声に反応して、会場の中央に設置されている透明な箱へ視線を向けると、そこにいる後ろ姿は確かに武藤くんのおじいさんだ。成る程、武藤くんの為に用意したっていうのは武藤くんに内緒で彼の身内を招待していたという事だったのか。
 武藤くんは箱の中にいるおじいさんの元へ駆け寄った。それに気付いた武藤くんのおじいさんは何かを話しているらしいが、その声は聞こえない。防音にでもなっているのかというくらい全くの無音だった。
 おじいさんの表情が切羽詰まったように必死な様子である事に、私は少し怪訝な気持ちを抱いた。招待したのなら普通こんな表情になるだろうか。駆け寄った武藤くんは途中でスタッフと思しき黒スーツの人に止められていた。
 これから何が始まるってんだ、と城之内くんがひとりごちたのが聞こえた。その隣で私は今日の母の夕食は何なのだろうと考えていた。今ここで帰ったら茶を濁す事になってしまうのだろうか。



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