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 チュンチュンチュン。
 鳥の声と大きな窓から差し込む光で穏やかに目が覚めた。朝チュンである。ごめんつまらなかった。
 身体を起こし、自分がいる豪勢な部屋を見て、私はいつの間にジーニーに願いを叶えてもらったんだろうと一生懸命記憶を遡ろうとしたが、その数秒後にそういえば海馬家に泊めてもらったのだと思い出した。魔法のランプなんて無かった。
 広いベッドから這いずるように出て、近くの机に置いてあった制服(メイドさんが丁寧に畳んだりハンガーにかけたりしてくれたらしい)に着替えた。勝手に出歩くのは失礼かなと思い、ベッドに座って待っていると扉をノックする音が聞こえた。返事をして扉を開けようとしたら先に向こうが開けた。

「苗字様、おはようございます」
「あ、はい、おはようございます」

 私などという平民にすら畏まった態度で接待をして下さる海馬家のメイドさんの訓練のされように私なんぞにそんな態度でいて本当に疲れないのかと心配しながらそそくさと部屋を出た。案内をされると、既に武藤くんと城之内くんがこれまた豪勢な椅子に腰を下ろしていた。こんな大きなテーブルもテレビの向こうでしか見た事が無い。海馬家つよい。

「おーう名前おっせーぞ」
「え、あ、なんかごめん」
「苗字さんおはよう」

 城之内くんの向かいに座る。昨日モクバくんに盛られた毒で苦しんでいた彼だったが、今はもうすっかり元の調子に戻ったようだ。普通なら警察に通報すべき案件だと思うのだが、そんな考えも無いらしい。呑気すぎやしないか。

「じーちゃん心配してないかな〜連絡しないで外泊しちゃったからな〜」

 本当に呑気である。昨日毒殺されかけた事を忘れているんじゃないだろうか。毒殺を企てた家のメイドさんに夕食をご馳走されて骨抜きにされていた私が言えた事じゃないけど。

「今日俺らが招待されるっつう落成式って何なんだ?」
「さあ」
「なんか気が進まないよね!」
「武藤くんそれ招待してくれた人の家で言う事じゃないんじゃ……」
「でもよー名前! 俺達無理矢理ここに連れてこられたんだぜ」
「そ、そうだけどさあ」

 更に武藤くんが監視をされているような気がすると呟いた。さすがにそれは杞憂なんじゃないかと口を挟むと、客人の部屋に鍵をかけるなんて普通じゃないよと言い返された。

「え、鍵なんてかかってたの」
「苗字さんの部屋には鍵かかってなかったの?」
「部屋から出ようとしてないから分かんない」

 城之内くんに呑気な奴だと言われた。その台詞そっくりそのままお前ら2人に返すからな。
 それにしても、いよいよきな臭さを感じてきた。いや今更かも知れないけど。
 昨日のモクバくんの殺人未遂と言い、部屋の鍵の件(私は気付かなかったけど)と言い、本来友人という立場の人間を招く上では有り得ない持て成し方をしているというのは如何なものだろうか。フレネミーにしては露骨に敵意剥き出しだ。頭隠してどころか全身隠していないくらいには剥き出しである。猿でももうちょっと上手に隠すぞ。
 そもそも海馬くんに至っては武藤くんに対して恨みを持っても仕方ない一件があるし、モクバくんもつい最近の出来事を踏まえれば、毒殺はやり過ぎだとしても何かしらの敵意を持っていてもおかしい話ではない。
 邪心を持った金持ちがやる事と言えば、財産を駆使して徹底的に潰そうとする(そして返り討ちに遭う)のがフィクションにおける定番だが現実とファンタジーを混同しちゃいけないのだよワトソンくんと私の頭の中のシャーロックホームズが微笑んでいる。

「お待たせ致しました。瀬人様がこちらに参られます」

 執事さんがそう言うと同時に、階段の方から足音が聞こえてきた。音の方を向けば、あの、海馬くんが居たんだけど、あの。

「出落ち?」
「名前、しっ!」

 会いたかったよとにこやかに話す海馬くんの格好は、真っ白な服にファーの付いた真っ赤な上着と、どこのアニメに影響されたんですかと問いかけたくなる出で立ちをしていた。なんかこう、童話の王様がしていそうな格好というか、もっと端的に言うと、どう見てもコスプレです、という感じ。

「なんだよ! 久しぶりに会ったっていうのに浮かない顔してぇ……ホラホラ遊戯くん! 城之内くん! 苗字さん! 再会の喜びを分かち合おうよ!」
「海馬! 俺達は呼ばれたくもねえのにここに連れ込まれて挙げ句にゃてめえの弟に殺されかけたんだぜ! 素直に喜べるかー!」

 写メを撮ったら怒られるだろうか、こっそりバレないようになら問題無いかも、と一生懸命この二度と見る事が出来なさそうな海馬くんの身体を張った渾身の出落ち芸をどうやって記録として残そうか考えている内に、目の前では海馬くんと城之内くんが何やら口論を繰り広げていた。昨日の毒殺未遂は海馬くんに言わせてみれば子供の戯れ事らしい。遊びで毒を盛るとかどこのゾルディック家だよ。

「あの、海馬くん、つかぬ事を伺いますが写メ撮って良いです? あとこの間電話したときと随分態度違いません?」
「ああ、この間はモクバが世話になったね。あのときはちょっと仕事が立て込んでいてピリピリしてしまっていたんだ。申し訳ない」
「はあ」

 今いち腑に落ちない理由だが、社長という役職が背負う忙しさとか責任とかは私のような人間が簡単に想像出来るものではないのだろうな。それにひょっとしたら海馬くんは裏表の激しい人間なのかも知れない。カード盗難未遂のときも随分態度が急変していたし。
 ピリピリしている城之内くんが何呑気な事を言ってんだと私にまで喧嘩腰になってきた。横で必死に宥めようとする武藤くんに彼の躾の全てを一任したいと思う。
 ところで写メの件はスルーされてしまったのですが無言の許諾と捉えて良いのでしょうか。人目を盗んで勝手に撮っちゃうぞ。

「海馬くん、これから僕らをどこに連れてくつもりなの?」
「フフ……夢のようなところ……さ!」

 まるで猛犬を手懐けるように巧みに城之内くんの憤りを抑えながら海馬くんへ質問をする武藤くん。そのファンタジックでエキサイティングな芸当に感動しているのはこの世界のどこを探しても私だけなのは想像に難くない。いやでも冷静に考えて不良を宥めるってすごくないか。あの頃のぶいぶい言わせていた城之内くんとからかわれていた武藤くんは何処に行ったんだ。
 夢のようなところへ連れて行ってくれるという海馬くんは、執事さん達に見送られながら私達を仰々しい高級そうな車まで先導すると、これまた専属の運転手さんと思しき人に恭しい態度で出迎えられながら私達を車に乗せてくれた。何かもう帰りたいからこの車で家まで送ってくれねえかな。

「家帰りたいなあ」
「何を言っているんだい苗字さん。これから夢のような場所へ行くというのに家に帰ってしまったらつまらないだろう」
「私引き蘢ってる方が性に合ってるんすよ」
「お前つまんねー奴だよな」

 うっせえ禿げろ、なんて悪態吐く度胸は無いので城之内くんに向かって中指を立てるだけにしておいた。面倒な事に付き合うくらいなら私は一人で部屋に籠っていたいのである。



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