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「夕食作り忘れたからなんか買ってね」

 と言うのは、母からのメールに書かれた一文である。たまにある事なので今更どう思う事も無い。適当な時間になったら近所のスーパーで割引された惣菜でも買ってこようとテレビを点けた。
 ダラダラと流れるテレビの映像をソファにだらしなく寝転がりながら眺める。パスタのCMを見たからか何だか無性にパスタが食べたくなってきた。そんな事をちょっと思ってしまってからはもう私の口の中はパスタスタンバイな状態である。最早頭の中はナポリタンスパゲッティでいっぱいであった。一つこれだと決めたらそれ以外の選択肢が見えなくなってしまうのも16年程生きてきた私に染み付いた癖の一つである。
 時計に視線を向ければ、時間的にも夕食を食べても良い頃だった。どっこいしょと呟きながら上半身を起こす。通学用の鞄から財布だけ取り出し、玄関を出た。勿論鍵を閉めるのは忘れない。

 買い物を終え、暗くなった空をちらちら眺めながら家までの道を歩く。今日は一日中快晴だった為か星がよく見えた。こういう時星座に詳しければ空を見るのがもっと楽しくなるんだろうな、なんて考えるが星座の勉強をする気は更々無い。

「最高ーッ!」
「う、うわぁ」

 怪しい人影を見つけてしまった。見つけてしまった、という表記を思わずしてしまうくらいにはそれは怪しい人影であった。こんな時間に最高と叫んでいるのは勿論、私服と言うには厳しいヒーロースーツの様な服装とマント、そして角を生やした骸骨の様なマスクという出で立ちをしているのだ。これを怪しいと言わずに何と言えば良いのだ。気のせいだと思いたいが街灯に照らされている以上ハッキリと視認してしまい気のせいと言う選択肢を選ぶことが出来ない。
 関わらない事が一番なのだが、不幸な事にその怪しい人影と目が合ってしまった。相手はマスクをしているので目が合ったと言う表現は些か語弊であるように感じるのだが、私とその怪しい人影以外に周りに人は居ない以上、マスクがこちらを向いた時点で目が合ったのだと感じてしまうのは仕方の無い事だと思う。
 街灯にバッチリしっかり照らされている私を見た怪しい人影はこちらを見た後、なんと驚いた事に手を振ってきた。予想だにしていなかった行動に私は宛らポケモンバトルを挑まれた時の主人公のように固まって動けなくなってしまった。なんてこった。正に蛇に睨まれた蛙状態である。
 いつでもかかってこいやと半ば錯乱気味な事を考えていると、怪しい人影はそのまま公園の方向へと走って行ってしまった。洒落にならない事態にまで発展せずに良かったが、今後暗くなってから1人で出歩かないようにしよう。この辺の治安が心配である。額に手を当てれば暑くもないのに大量の汗が噴き出ていた。

 翌日、昨夜の恐怖を友人達に共有してもらうべく、私にしては珍しく登校して早々に武藤くんの机を囲うようにして談笑している彼らの元へ駆け寄った。挨拶もそこそこに早速話題を切り出した。

「昨日筆舌に尽くし難い程やばいもの見た」
「そりゃ相当だな。何見たんだよ」
「何かこう……筆舌に尽くし難い人影というか……」
「名前ちゃんそれじゃ人影って事しかわからないわよ」

 そんな事言われてもあの怪しい人影を上手に表現出来るだけのボキャブラリーが私には足りないのだからどうする事も出来ないのである。それでも何とかしてあの筆舌に尽くし難い人影が如何に怪しい存在だったのかという事を説明したが、彼らに上手く伝わらず、剰え気のせいとか思い込みとかまで言われる始末であった。非常にやるせない気持ちでいっぱいである。

「手振ってきたんなら知り合いだったんじゃないの?」
「夜変な格好で出歩く人が私の知り合いなんて思いたくねえ」

 そもそも私に知り合いなんて大していないというのにその中に夜中怪しい姿で街中を徘徊する人が居るなんて考えたくない。というか知り合いがそんなに居ないという事実を考えたくない。
 ところで花咲くんが先程からこちらをチラチラと見てくるのが視界に入るのだけど、会話に入りたいならこっちに来れば良いのに。

「そういえば僕ゾンバイアのガレキ買っちゃった」
「俺も欲しいぜー帰りに買おうかな」
「ガレキ?」
「ガレージキットだよ」

 男性陣はすっかりゾンバイアに夢中らしい。影響されやすいタイプなのな、と、ここまで考えたところでふと気付いたことがあった。

「昨日の怪しい人影なんかゾンバイアっぽかった」
「お前まだ言ってんのかよ」



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