Howdunit






 なまえが死んだ、らしい。実際に見ていないので確証は持てないが、遊戯の話によれば公園のベンチで寝転がって死んでいたとか。死因はハッキリしていないが近くに薬の入った瓶が落ちていたらしいから恐らく睡眠薬か何かだろう。携帯で遊戯から詳細を聞いている宿主がピーピー泣いていて耳に障る。うるせえ。男のくせに女々しい奴だ。せめて泣くなら死体を見てからにしろ。そんな俺の考えが伝わる筈も無く、宿主の鼻をすする音は途切れない。
 なまえはいったいどんな奴だったのか。ふと記憶を思い起こしてみる。変な奴だったな。あの女は何故か俺がたまに宿主の身体を乗っ取っているのを知っていた癖に俺の存在を遊戯達に漏らすことは無かったし、俺の画策に対して妙に協力的だった。ペガサスから千年眼を奪うときも積極的に協力してきた。左眼を取り出す瞬間も臆する様子はなかったし、その手に握った血に塗れた千年眼を持った嬉しそうなあの女の眼は俺を写していた。恐らくあの女は俺を崇拝していた、ように思う。あの女が俺を見る目はたまに宿主のところに勧誘に来るカルト宗教信者と似ていた。あれは気狂いの様に神を盲信した目だった。きっと俺の言葉は全て神の啓示と同様だった。だからこそ俺の言うことを全て聞いて、ペガサスの一件も迷いなく俺の協力をしたんだろう。あの女は俺の言う事に決して否定をしなかった。全てを肯定していた。俺の存在も俺の言う事も俺の考えも全部全部。受け入れていたと言っても良いかも知れない。だからこそあの女は実に都合のいい駒だった。恐らく俺が死ねと言えば喜んでその命を差し出しただろう。結局俺がそんな命令をする前に死んじまったが。あーあ。今後も利用させてもらおうと思ってたのに、死んじまったのか。惜しいことしたぜ。
 宿主が遊戯達と合流した。やはり死因は睡眠薬の大量投与らしい。あの優しい子がどうして自殺なんかとどいつもこいつも浮かない顔してやがる。情けねえ顔した遊戯が葬式の日程を伝えた。そういえばなまえはこいつの親戚なんだっけか。自分から死んだ人間の後始末を他人がやるたぁ今の時代の人間は随分お優しいこった。
 めそめそとしている宿主が遺書とか無いのかと尋ねた。遊戯曰く、それらしいものは全く見つからなかったらしい。昨日の今日まであの女に怪しい挙動は一切無く、遺書も無い。自室にも自殺を匂わす一切のものがないらしい。あの女のパソコンで登録されていたSNSやメールすらそれに関わりそうなものは無い。完全に動機は不明。誰かに自殺を強要されたのではと城之内が暴論を立てるが、それを立証出来るだけの証拠も手掛かりも無い。なまえの死で分かることは睡眠薬で死んだのだというただそれだけだった。実に腑に落ちない。あの女が何故死んだのか俺にも心当たりは無かった。俺を崇拝していたあの女は自身の全てを俺に話していた。生い立ちから癖から考え方から、全てをだ。それを知りながら自殺に心当たりを持つことが出来ない自分に無性に腹立たしくなった。
 宿主がマンションの自室に帰って間も無く小包が届いた。差出人を見るとなまえの名前がある。小包の端には「バクラくんへ」と書かれていた。片仮名で書かれているその文字にこれが宿主ではなく俺に宛てたものだと確信した。宿主が慌てて小包の封を開けようとしたので半ば強引に意識を奪う。俺の存在を察せられるかもしれないが何とか誤摩化そう。
 小包の中身は日記と手紙だった。手紙の中身を開く。あの女の字だ。内容は日記についてだ。読む読まないと処分はまかせるという旨が書かれている。ここにすら自殺の動機は書かれていない。日記を見ると最近つけ始めたものらしい。実に下らない、他愛のない日常について書かれている。こんなものを送ってきやがって何がしたいんだ。そう思いながらも読み進めていくと途中から文章の雰囲気が変わった。今までの淡々と日常の出来事を書いていたのとは違う、独白のような文章だった。俺はこれが自殺の原因なのだと確信した。
 読みながら俺は愕然とした。愕然として、且つ戦いた。それは懺悔だった。書いてある事も、これを俺に送ってきた事も俺に読ませる事も、その全てがなまえの懺悔だった。ひた隠しにしていたあの女の真実の吐露だった。