「お呼びですか、ボス」
1月程経ちそろそろ任務にも慣れ始めてくる頃、アナスタシアはザンザスに呼ばれて部屋を訪れていた。
「本部に行ってこい。老ぼれがテメーを呼んでる」
「老耄とは?」
「…ボンゴレのトップだ」
明日の朝8時にジェットを出す。以上だ。そう簡単に告げたザンザスの目は去れという意思を明確に孕んでいた。アナスタシアは疑問が幾つか残るまま踵を返す。スクアーロに聞けばわかる事だろうと、そう思いながら。
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「入れ」
軽いノックの後促されて扉を開けると、スクアーロはプライベートデスクにて書物を広げPCを操作していた。度が入っていないところを見る限り彼が掛けているのはブルーライトカットが目的の眼鏡である。現代の教養に疎いアナスタシアは当然その事を知りはしなかったが、ただ一つ普段隊服の彼しか見て来なかっただけに私服で眼鏡を掛けたその姿は新鮮で、思わず鼓動を高鳴らせた。
「…非番のところ済まないが、お前に聞きたい事がある。構わないか?」
「言ってみろぉ」
「明日本部に行くようにとボスより指示があった。要件が分からないのだが、お前は何か知っているか?」
「それについてはオレも別件で同行する。あんたが呼ばれたのは恐らくその炎の属性についてだろう。そろそろ研究結果が出ても可笑しくねぇ」
「そうか。…別件とは?」
「ヴァリアーの定期活動報告だぁ。機密資料だからってんで、数年前から毎回直接オレが届ける事になってる」
数年前からという言葉に多少引っ掛かりがあったが、上層に当たるその場所に行くのが一人ではない事が分かったためアナスタシアは肩の力を抜く。その安堵は、この場所でスクアーロへ寄せる信頼の大きさを物語っていた。
「成る程。…ありがとう。お前がいると聞いて安心した。ではまた明日、邪魔したな」
「あぁ。戻って早く寝ろぉ」
本人にそのような癖が付いているのか、魔女にとって睡眠など本来必要のない事であると知っていながら自分を案じたスクアーロの優しさに、アナスタシアはほんのりと暖かい気持ちになったのだった。
「…そうだな、そうしよう」
ー再認ー
悪い人ではない。あの時そう知覚して着いて行く事に決めた自分を、アナスタシアは密かに称賛した。