魔女にとって睡眠とは本来必要のないものである。しかしかと言って眠る事が出来ないという訳ではない。実際に封印されている間の長い時間、自分を完全に失う事なく保っていられたのもこの眠るという動作のお陰なのかもしれない。少なくとも自分の知らない内に時間が過ぎていくという点においては、睡眠はその頃のアナスタシアにとって非常に重要な役割を担っていた。


ヴァリアーに来て以来、みんなが寝ている間アナスタシアは基本的に現代、そして今までの歴史についての知識を勉強していた。その為、睡眠を取るのは凡そ1月ぶりである。まぁ尤も封印される以前は眠る事など殆ど無かった訳だが。


朝を迎え、支度をして部屋を出る。



「おはよう」



正面玄関を出れば、小型のジェット機とアナスタシアを待つスクアーロの姿があった。



「来たかぁ。少し早ぇがまぁいい。出るぞぉ」


空を飛ぶというまるで魔法のような乗り物に胸をドキドキさせながら、アナスタシアもスクアーロの後に続いた。







「ジェット機は初めてかぁ」


機内でキョロキョロと落ち着きのないアナスタシアに、スクアーロが何気なく問い掛ける。


「ん。
昨晩ジェット機というものが何か調べたばかりだ。私が元いた時代にはまだ空を飛ぶ乗り物など無かった。人間もいつの間にか、私のように魔法が使えるようになったのだろうか」



指摘を受けた事に軽く頬を染めハニカミながらそう戯けて見せるアナスタシア。
魔女というのはもっと恐ろしく血も涙もないものだという認識を元々持っていたスクアーロだったが、アナスタシアはその上暗殺業に身を投じながらも少女のように繊細無垢で聖女のように慈悲深いように思える。
このような道に引き摺り込んでしまった事に対し少しの背徳感のような居心地の悪さを感じたスクアーロは、アナスタシアの食事は人間の屍体であるが故に正しい選択だったと思い出す事でそれを一掃した。









−−−−−−−−−−







「もうじき着く、準備しろぉ」



本拠地へ到着し、外へと降りる。

其処には本部からの遣いが一人、着陸の案内係が一人待機していた。



「お待ちしておりました」


普段は遣いなど寄越す事はないのだが、今回は元々アナスタシア一人であるという話であったために待機してくれていたのだった。スクアーロに目線を向ける遣いの者を手で払って先を促す。


「ではこちらへ」



本部は、陰であるヴァリアーとは対照的に何処か明るい造りをしていた。美しい内装、外装と煌びやかな装飾の数々に、ここでは多くの人を招いているのだろうという推測が容易に成される。
一際大きな観音開きの扉を抜けると、椅子に腰掛ける立派な口髭を湛えた品のある老人とその前に数名の若者、そしてマーモンを思わせるおしゃぶりを首から下げた赤ん坊がいた。


「う"お"ぉおい!!ガキ等もいるとは聞いてねぇぞぉ!!」


「うわぁっ、出たーーー!!!」
「スクアーロ!」
「こっちもお前がいるとは聞いてねぇぞ、スクアーロ」
「十代目!!ここは俺がっ「獄寺君お願いだからジッとしてて!」


「オレはジェットが飛ぶ序でにこれを届けに来ただけだぁ!9代目、確認を頼む」


「ご苦労、スクアーロ君。そちらはアナスタシアさん、かな?」



部屋に入った瞬間から何だか騒々しい様子に思わずくす、と笑みを溢すと9代目と呼ばれた人物から声が掛かる。恐らくこの人がボスの言っていた“老耄”なのだろう、とアナスタシアは思った。


「お初にお目にかかります、9代目。アナスタシア レッドメインと申します。この度はお招きいただき感謝致します」



ザンザスからトップであると聞かされていたために、現代に合う形式張った挨拶を事前に用意していたアナスタシア。その様子を優しい目で制すと、9代目はぽつりと話し始めた。


「スクアーロ君、考えてみれば君も聞くべきだったのかもしれない。いや丁度良かった。
今日来てもらったのは君たち二人にも察しが付いているだろうが、アナスタシアさんの死ぬ気の炎についてだ。ボンゴレにとって重要な事であると判断した為、綱吉くん、君たちにも来てもらった」


9代目が話し始めると、途端に室内の空気が緊張するのを皆が知覚した。アナスタシアの事に関しては事前にある程度聞かされていたのか、綱吉と呼ばれた少年を筆頭に真剣な表情で話を聞いている。


「先ず、彼女が魔女である事は君達も知っておくべきだろう。しかしこの事は守護者以外に口外してはならん。いいね?」


先程獄寺君、と呼ばれた少年より怪訝な眼差しを向けられ、そのすぐ後で彼は9代目へと向き直った。


「恐れ入りますが9代目、何故彼女が魔女であると?」


「そうか。この場合、聞くより見てもらった方が早いだろう。アナスタシアさん、良いかな?」


「はい。…では、一つ魔法を」


魔女である事の証明をせよという9代目からの依頼に応え、自分の中で最もお気に入りとしている魔法の詠唱を行う。


淡い光と共に手元に現れたのは美しく瑞々しい青い薔薇。肉の厚い花弁はしっとりと水分を含み、その生を教える。


「今お見せしましたのは創物並びに与生、不朽の魔法でございます。此方は普通の薔薇ではなく、永遠に枯れる事のない青薔薇。他の魔法は掛けておりませんので、安心なさって下さい。
皆様に一輪ずつ差し上げましょう。花瓶に生けずとも枯れませんが、美しく飾っていただけたら幸いです。燃やしても枯れない為、もしも廃棄する場合はゴミ箱等ではなくどうか差し支えのない土の上へ」


説明をしつつスクアーロを除く皆に薔薇が行き渡ると、好奇心からか無意識か、綱吉が薔薇の花弁を弄る。



「わっ!!あっごめん!!」


指が触れた花弁の中の一枚がひらりと床へ落ちた。しかし次の瞬間、落ちた花弁が元あった場所には新たなる生の芽生え。少しずつ急速に生え始めやがて元の完璧な美を再現し、そして次に見る時には、足元の花弁は光となって消えていた。この様子に目を丸くする綱吉だったが、彼はその他にも何かを感じたようだった。







ー奇跡と愛情ー




魔女であるアナスタシアが仲間となる事に否定の一つも無かったのは、きっと彼女が強さと美しい心を持っていると知ったから。








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