埃と瓦礫、そして死臭の漂う館の中奥に進むに連れ敵の数も減り、喧騒を遠くにして静けさが二人を包む。
それを破るかのようにいつにも増して大股で歩くスクアーロは一つの扉の前で止まった。




何も言わずに目線だけで合図され、開かれる扉の奥には優雅に椅子へ腰掛ける男が一人。





「お早いご到着で結構。待っていましたよ、西の魔女様。」



「…っ」



男はゆっくりとした動作でアナスタシアの方を向くと、月明かりだけが部屋を照らす中、ニタ…と下賤な笑みを浮かべた。




「…覚えがあるようですね。最も、私に…という事ではなさそうですが。」



アナスタシアには見覚えがあった。
あの貴族独特の雰囲気、所作、そしてその品格にそぐわぬ下卑た笑み。



「私の家には代々伝わる古文書がありましてね。貴女の事も書かれているのですよ、アナスタシア レッドメイン。
最初は驚きました…。古文書の中の架空の登場人物と思っていた魔女様が実在し封印が解かれ、剰えヴァリアーに在籍しているとは。」



「貴様…確か王朝の…」


王朝の、王の側近をしていた、



「そうですよ。厳密に言えば、私の祖先ですがね。アナスタシア、貴女は王朝の物です。
…駄目じゃないですか。逃げちゃ。
永久に封印するという刑はまだ執行中なのですよ。少なくとも、私にはそうする義務があります。」



西の森への永久封印。
長い時間を経て忘れられていった存在。

封印から最初の頃は見張りが暫くついていたが時と共に薄れ行き、最終的に人気は皆無となった。




「…今更だな。お前達が私を見張っていたのは最初だけだった。私の管理を放棄したのはそちらの方だろう。」



「フム。西の森に入った兵士は誰一人として帰って来なかったと言います。罪人一人如きに何人もの兵士を失うというのはさぞ勿体無かった事でしょう。
だが聞いて下さい。」



男は咳払いを一つして立ち上がるとアナスタシアの方を向き、手を差し出した。



「時代は変わった。
本来我がロツィオーネ家の管理下である貴女が此方へ戻り、私達ファミリーに協力するというなら…一切を滅罪としましょう。
…どうです。
見た所貴方のトップは協力的ではないようだ、スペルビ スクアーロ。隊員の数も質も、こちらが上回っている。」



男の、余裕を浮かべた表情は自分達の勝利を確信したソレだったが、スクアーロは呆れたようにそこから視線を外す。


「ゴミカスが何も分かっちゃいねぇ。
テメェ自身、魔女の存在を信じてねぇとはなぁ、貴族さんよぉ。」



「…何が言いたい?」



王の側近。それはその頃のアナスタシアにとって最も印象深く脳裏に焼きついていた。

王の意向という名目で全ての指揮を取りアナスタシアと家族を葬った張本人、それが正しく彼の祖先であり、現代で知識を得たアナスタシアの思いとは、彼を前にしていつまでも平静を保てる程浅くはなかった。



「…後は好きにしろぉ。」



スクアーロが踵を返し部屋を出たのを確認すると、青黒い炎がアナスタシアの周囲を、そして瞬く間に部屋中を包んだ。



「な、何だこれは…こんなのは見た事が…」



男は初めて見る光景に狼狽えながらも指を打ち鳴らす。何度も。何度も。



「何故…何故来ない…1番隊は何をしてる!」



「…一番隊。こいつらの事か?」


アナスタシアが何かを呟くと、窓の外から羽根らしきものを生やした骸骨か数名進入し、男を目指して移動する。


「ひいっ…こんなの…嘘だ…あり得ない…っ」



「これは魔法だよ。この後に及んで信じてなかったのか?愚かな男だ。
…どこまでも、な。

あの子らの分まで、苦しんで死んでくれ。そしてその血を終わらせ、それをお前に出来る最大の償いとしてほしい」



アナスタシアは瞳を潤ませ儚げに笑うと、骸骨となった一番隊員に全身の肉を引き千切られ断末魔を上げている男の周囲を青黒い炎で囲い、じわじわと焼いた。




炎はやがて館全体を包み込み、激しい業火となって生の全てを灰へと変えた。







ー免罪の業火ー





今彼等にしてあげられる事など、このくらいしか、思い付かなかった。







2016.02.19 Yuz
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