Rapunzel Code 4
『もうこれで最後にしよう』
夢の中のレイアの言葉と表情が忘れられずにいる。
そしてそれは俺達の関係に変化を与えた。
俺はレイアに触れられなくなった。それどころかまともに顔を合わせる事さえ。
彼女の心と身体に付けた傷に自分自身で慄きながら、それなのに虚勢の仮面は外せずにいる。
きちんと謝る事も、レイアに向き合うことも、昔の様に戻ることもできないまま時間だけが流れていった。
振り出しに戻ってしまった関係のまま、俺達は離れる事になる。
全員が己の信念を持ってぶつかった最後の戦い。
ガイアスとミュゼを退け、世界を一つにした。
そして、ミラは精霊の主になり、世界を見守る道を選んだ。
俺達もそれぞれの道を選ばなきゃいけなかった。
イル・ファンへと辿り着いた時、レイアはジュードを抱き寄せてその背をポンポンと叩いた。
母親が子供にそうする様に。
「ジュード、もう泣いてもいいんだよ」
レイアに言われ、彼女の肩に顔を埋めながらジュードは今まで堪えていた涙を零した。
レイアの手がその涙を流させたんだろう。
「僕、本当は…、ミラに行かないでって言いたかった。ずっとミラの傍に居たかった…けど…、」
「うん…」
「ミラは強い信念を持ってあの道を選んだから…、僕、邪魔は出来ないよ…。ミラが僕に恥じない生き方をするって選んだから…僕も、ミラに恥じない生き方するよ…」
「うん」
「もう、泣いたりしないから…もう少しだけ、肩貸してて、レイア…」
「うん。いいよ…」
ジュードが落ち着くまで暫くの間、レイアはそうしてジュードを抱き、背を叩き続けた。
健気だよな。
相手は自分じゃない奴のために泣いてるってのにさ…。
本当、腹が立つ程に優しいよ、レイアは。
ジュードの涙も落ち着き、それぞれが、お互いに別れを惜しみ
これからの事を話していた頃。
「ローエンはこれからどうするの?」
「私はこのままガイアスさんと共にア・ジュールに渡ろうと思います。ウィンガルさんの遺志を継いでみたいと…」
「そっか…」
「私はカラハ・シャールに戻ります。ドロッセル、心配してます」
「そうだね。私もル・ロンドに戻るから途中まで一緒に戻ろう」
「はい!」
「ジュードは、ここに残るよね」
「うん。源霊匣の研究、頑張るよ。…ありがとうレイア」
「どういたしまして。…頑張ってね」
レイアは一通り別れの挨拶を仲間たちと交わすと、俺に向き直った。
少しその目の中に迷いがある様に見えたのは、多分俺の気のせい。
レイアが俺と離れる事を寂しいなどと思ってくれるはずもないのだから。
「アルヴィンは…」
「俺はとりあえずシャン・ドゥに行くさ。他に当てもないしな。じゃ」
今言わなければならない事が出てこない。今謝らなければ、彼女を傷つけた事に…。
今まで20年間、逃げて、欺いて、虚勢張って、誤魔化して、
それを繰り返してた俺に取ってレイアの顔を真っ直ぐに見るのは難しかった。
だからせめて背を向けてでも謝ろう、そう思っていた。
けど、俺が何か言うより先に
トン、と軽い衝撃が背中に当たった。
「そのままでいいから聞いてね」
背中越しに聞こえる優しい声。
さっき、ジュードの背をあやしていた時みたいな。
「私、もう全部許してるから。だからアルヴィンも自分を許してあげてね」
何も言えないでいる俺に何かを求めるでもなく、そっと俺の身体を抱いた。
背中越しに伝わる温もり。涙さえ出てしまいそうだった。
本当にレイアは人をすぐに泣かせてしまうのだと思う。
ジュードも俺も…。
こんなに最低な俺でも許してくれる…。
本当にレイアは…。
「じゃ、元気で…」
ゆっくりと両手が離れていった。
「行こっか、エリーゼ」
「はい」
二人はそのまま海停へと消えていった。
暫くの間、俺はその場でじっとしていて、中々動き出せなかった。
背中にはレイアの温もりが残っていた。
◆
俺はシャン・ドゥに戻り商売を始めた。
とりあえずアルクノアで無くなった今、何かやってないと生きていけねーし、かといってこれといった当ても無かったからユルゲンスの誘いは有難かった。
忙しく世界中を飛び回ってたら何も考えなくても済みそうなのも良かった。
じっとしていれば俺は多分、ずっとレイアの事ばかり考えていただろう。
結局最後まできちんと謝る事も、自分の中の想いも伝えられないままだった。
ジュードから聞いた話では、レイアは実家に戻り宿屋の手伝いをしているそうだ。
看護師は辞めてしまったらしい。
レイアなりのけじめなのかもしれない。
そうして俺はレイアを忘れて生きていこうとしていた。
皆と別れて数ヶ月程した頃俺はイル・ファンに呼び出された。
レイアの事で話があると。
◆
『レイアが行方不明になった』
イル・ファンに呼び出されて、ジュードが最初に俺に向かっていった言葉。
意味が解らなかった。
レイアが行方不明?どういう事だ…。
ジュードの話ではこうだ。
数日前、置手紙を残してレイアは実家の宿屋から消えたという。
衣服なども無くなっていて家出と見るのが妥当。
それまでに特に変わった様子も無かった様で何が原因かは解らないそうだ。
両親はジュードの元へ行ったのかと連絡を寄越したが、ジュードの所には訪れていなかった。
ジュードは同じ様にエリーゼ、ローエンに行方を尋ねてみたもののこれもハズレだった。
そして最後に呼ばれたのが俺。
だけど俺はこの数ヶ月、レイアの顔を見るどころか手紙さえ交わしていない。
彼女の近況だってジュードを通じて知ったくらいだ。
残念ながら何一つ有益な情報は持ち合わせていない。
ジュードも分かっていて確認のために呼んだのだろうが…。
「あのさ、アルヴィンは仕事で世界中を回ってるよね?」
「ああ」
「だったら、僕から依頼してもいいかな?レイアを探して欲しい」
「勿論だ。頼まれなくてもそうするよ」
「ありがとう。報酬、」
「そんなもんいらねーよ」
俺が、俺の意思でレイアを探したいんだから。
でも一体何処に行ったっていうんだ…。
レイアに何があったんだ…。
本当に何一つ分からないままだった。
それから一度だけ、ジュードの元にレイアからの手紙が届く。
『私は元気にしています。心配させてごめんね。お父さんとお母さんにごめんなさいって伝えて下さい』
その短い手紙は何処から送られてきたかも解らず、相変わらずレイアの姿を見ることは出来なかった。
俺は仕事をこなす傍ら、常に行く先々でレイアを探して回った。
多分、リーゼ・マクシア中を探し回っていたと思う。
心配で仕事が手に付かなくなりそうだったが、そこはぐっと堪えた。
もしも何かレイアにあった時、金が無くては困ると思ったから。
ころころとよく表情を変える緑色の瞳が懐かしく感じた。
何も手がかりが見つからないまま、一年近くが過ぎてしまっていた。
そんな時、バランから一通の手紙を受け取った。
そこには
『探し物を預かってる』
そう書かれていた。
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