Rapunzel Code 3


求められるままその身を捧げるラプンツェル。そこに何が宿って生まれたか。
誰も知らない。二人も知らない。
何も理解らないまま暗闇でお互いの手を手繰り寄せる。



あれからも、俺達の不毛な関係は続いている。
初めこそきつい抵抗を繰り返していたレイアも最近は大人しく応じる様になった。
涙を流す事もなく、ただ嵐が通過するのを待つ様に。

自分が一体どうしたいのかも解らないまま彼女に手を伸ばし、苦しめ、汚し続けた。

そうする事で自分がレイアに付けた傷を塗り固めて隠し、無かった事にして
尚且つ彼女の中のジュードから奪うことが出来るとでも思っていたのかもしれない…。



トリグラフに滞在して暫く経った頃の事。

皆でエレンピオスに飛ばされた裂け目を確認しにいった帰り。
ジュードがそれぞれに覚悟を決めるように促したその帰り。

思わぬ魔物の集団に狙われてしまった。
この辺りの魔物はかなり強くて凶暴だった。

それぞれ必死になって戦う。

混戦の中、アルヴィンの目は自然にレイアを追っていた。
彼女の体力を奪う無理強いを日頃繰り返している自覚があったから、
戦闘の時には常に気にかける癖がついてしまっていた。


そんなアルヴィンの目に飛び込んできた光景。



(何でレイアが一人で5匹も相手にしてんだ!)

視線を彷徨わせレイアの援護にいけそうなものを探す。
アルヴィン自身は三方からの敵を一手に引き受けていて援護に行くのは無理な状況だった。
そして何よりあの出来事の後からレイアとは一度もリンクしていないため上手く意識を合わせられる自信が無かった。
まして今のレイアはアルヴィンに怯えているだろうから。

(今の俺達じゃ上手くリンク出来る保証がない。誰か援護できないのか!?)

が、ローエンとエリーゼがリンクを組んでおり、こちらも二人でなんとか対処出来そうといったところ。

可能性的にはジュードだ。
ミラとリンクを組んでいるがジュードの敵自体はもう粗方片付いている。
ミラも多くの敵を抱えているが彼女の実力ならまだ持ちこたえられるだろう。

今はジュードが気づいてくれる事を祈るしかない。

(クソっ、気づけジュード!!気づけ!!!)

だがミラとリンクしているジュードの意識は自然ミラへと向かう。
仕方の無い事だが舌打ちしたかった。
今の状況では明らかにレイアの方が不利な状態に立たされている。
何とか棍で攻撃を捌いているものの、基本が防戦一方になっている。
このままじゃそう時間の掛からないうちにレイアがやられる。


意識下で再生された血の飛沫。崩れ落ちるレイア。



覚悟を決めた。
上手く繋がれよ、と願いながら強制的にパスを飛ばしてレイアとリンクを繋げる。
彼女を狙っている5匹に向かってレインバレットを放って援護する。
リンクを繋いだ事によって援護を感知したレイアはタイミングよく大輪月華を放ち敵を確実に仕留めていった。
お互いが上手くいかない状況でもこうして呼吸が合う事に少しの嬉しさを感じた。

ただ、レイアの援護に回ったためアルヴィンは自分の手近にいる敵を完全に無視した。
当然自分の敵に対しては無防備になってしまっている。
理解っていてやった事だった。優先事項が自分よりもレイアが高かっただけ。
今までの自分なら信じられない事だが。


左肩に感じた痺れるような痛み。
背後から襲ってきた魔物の牙が肉を抉る感触。
思っていた以上に深く突き刺さっていた。

「ぐっ!!」


悲鳴に近い叫び声。

「アルヴィンっ!!!」

リンクを繋いでいたためアルヴィンの異変に最初に気づいたのはレイア。
棍でアルヴィンの肩に食い付いた魔物を引っ掛け、引き離して打ち倒す。
魔物が引き剥がされた部分からの出血で意識が遠くなっていく。

柔らかな腕に抱き止められた感触がした。

「アルヴィン、しっかりして!!」

レイアの声が少し遠く感じる。

レイア…。無事でよかった。




倒れてしまったアルヴィンを街まで運び、ジュードの手で治療してから回復を待つ事になった。
かなり酷い怪我だったため回復に時間が掛かるだろうと言われレイアは明らかに落ち込んでしまっていた。
自分のせいで怪我をしたのだ、と堪らない気持ちになっていた。

「レイア、戻ってからずっと付きっ切りで看病してるでしょ?僕交代するよ」

水やタオルなどの道具を受け渡しながらそういうジュードにレイアは頭を振った。

「いいの。私にやらせて。私のせいだもん…」

ジュードから受け取ったものを持ってアルヴィンが寝ている部屋へ向かう。
音を立てないように静かに扉を閉める。
眠っているアルヴィンの傍に寄っていき、その顔を見下ろした。

「ホント、アルヴィンは馬鹿だよ。自分の敵ほっといて私を助ける?」

額から落ちて温くなってしまったタオルを冷たいものに取り替える。

「酷い事ばっかりする癖に…どうして、助けてくれたの…」

椅子を引っ張ってきて、ベッドの横に腰掛け、アルヴィンを覗き込む。
まだ瞼はきつく閉じられたまま。
ジュードは少し出血が酷かったと言っていたから目覚めるまで時間が掛かるかもしれない。

「お願い。早く目、覚まして…。何だか調子狂っちゃうよ…」

アルヴィンの手を取り、そっと自分の頬へと触れさせた。
思っていた以上に熱くなっているそれに自分の一回り小さい手の平も添えて。

「私…アルヴィンに言ってない事あるんだよ…」

ぽつりと零れる言葉。
独り言みたいな告白。


あの時言いたかった事。今の関係の全ての始まりの夜。
本当に言いたかった事は。

『私、アルヴィンの手を取るから』

そう言いたかった。



自惚れじゃないと、思う。

だってアルヴィンがレイアにジュードの事を話す時の顔。
あれは、レイア自身に見えたから。
ミラに嫉妬し、どうしようもない感情を覗かせた自分自身。
鏡みたいだった。

だから、自惚れじゃないと思う。

アルヴィンがレイアを好きな事。

それが恋愛感情か、愛か、そうでない別のものなのかまでは解らないけれど。

そして同じ様にもう一つアルヴィンは知らないでいる。

(私の初恋がもう終わってしまった事…)

今だって、ジュードを好きかと聞かれれば迷うことなく大好きだと言える。
守りたいし、笑っていて欲しい。幸せであって欲しい。

だけど

レイアの初恋はもう終わったのだ。
それはもう自分の役目じゃない…。
ミラを失って茫然自失になってしまったジュードを目の当たりにして。
完全に負けたと思った。
勿論勝った負けた、なんて話じゃないとは思うけれど、でも本当に敵わないと思った。
そしてそれは思っていたよりもストンとレイアの中に落ちて来て彼女の気持ちを納得させたのだ。
切なくないと言えば、それは嘘だけど、でも胸を引き裂かれるようなものじゃなかった。
多分、ジュードとミラがとてもお似合いである事もあったし。

何よりレイア自身がアルヴィンといる事が楽しいと思っていたからだと思う。
ジュードと同じくらいアルヴィンの存在がレイアの中で大きくなっていたから。

そうだったからこそ、撃たれた時に苦しかったのだ。
自分は殺してしまっても構わない程度の存在だったのかと。

勿論今は、アルヴィンがそんな風に自分を思っていない事も理解っている。


(私が今、アルヴィンをジュードを好きだったように好きなのか…そんなの解んないけど)

ただ、笑って欲しい。
…傍に居てあげたい。



「だけど…あんな酷い事ばっかりして…。今こうやって私を困らせる『アルヴィン君』には…教えてあげない…」

ぽとりと落ちた涙の粒がアルヴィンの頬に落ちて彼の睫毛を震わせた。
霞み気味な茶の瞳が泣き顔のレイアを捕らえて、手を伸ばし涙の粒を拭った。
夢心地のまま紡がれる言葉。


「レイア…。泣くなよ」

「俺は、レイアが欲しい」



夢の中で。

レイアが優しい表情で俺を見下ろしている。
初めてそれを見た日の様に月明かりに照らされる肢体。
仄かに赤く染まっている肌に手を伸ばせば、くすぐったそうにしながらも受け止めてくれる。

なんて甘い行為。
俺とレイアには絶対に有り得ない行為。

俺が自分の手で壊してしまったもの。

「好きだ。レイア」

そう囁くと

「私も…好き」

同じ様に囁き返してくる。

なんて都合の良い夢。

それからレイアはそっと自分の唇を俺の唇に重ねてきた。
まるで親愛の証みたいな柔らかなキス。

あれだけ何度も身体を重ねていながら
これが初めてのキスだと気づいた。

「もうこれで、最後にしよう」

レイアはそう言って、俺の欲しかった微笑で俺を包んだ。


幸せな夢。



『欲しい』
そう言われた時。そうしてもいいと思った。
今まで何度もそういう行為をしてきた。
流されるまま、苦痛すら感じながら。


でも今は私の意志でこうする事を選んだ。

私の意志でアルヴィンに抱かれたいと思った。

そしてこれで最後にしようとも。

もうどんなに強く求められても応じない。
溺れない。
きつく絡まってしまった糸を解かなければ
私もアルヴィンも幸せになんてなれないと思った。

もしかしたらもう完全に傍にいる事はなくなるかもしれない…。
もうすぐこの旅も終わるだろうから。

だからありったけの優しさを込めてキスをした。

『私はアルヴィンが好き』



視界の端、窓の外。月が静かに佇んでいる。
あの日と同じ輝きで。

全く違う、同じ行為を見下ろしていた。


 モドル 

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