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遭難リベンジ その4 ヒロイン視点:テントの向こう側


「はぁ?熊?」

串焼きにした焼き魚を片手に宍戸先輩は声を上げた。
”そうなんです!”とうなずく私の話半分で焼き魚を口に頬張る。

「本当にいたのかよ…って、ジロー!それ俺のだぞ!」
「いいじゃんか〜!たくさんあるんだし〜!」

焚き火の前で魚に夢中の美少年たちは、私の話なんか聞いちゃいない。
腹ペコ中学生男子、宍戸先輩とジロー先輩は夕食を奪い合っている。
つい一週間ほど前にも同じような光景を見たような気がする、あっちは無人島で、今は山だけど。
今夜の夕食、跡部が釣ってきた川魚たちは丸焼きにされた。

「まさにサバイバル」

枝に串刺しにされた焼き魚と睨めっこをする忍足先輩。

「漫画の世界やで、この串刺し」
「文句あるんなら食うんじゃねぇ」
「ないない。ありがとう、跡部」
「フン」

パクッと一口かぶりつく忍足先輩。

(サバイバルとか向いてなさそうだもんなぁ…この人。)

無人島合宿でも”枕が変わると眠れん”とぼやいてたっけ。
普段いろいろとマイペースな先輩、見た目通り繊細だったりする。
それに比べて跡部は意外と環境の変化に柔軟に適応する。
どこにいても、だれといても自分は自分なのだ。
温室育ちのお坊ちゃんの神経は、忍足先輩のよりずっと”図太い”。
200人の頂点に君臨する唯一絶対の王様と、絶妙なバランス感覚で、全体の調和を保つ影の立役者。
氷帝の太陽と月のような二人。

「ね、安積さん」

パチッ…焚火がはねる音と正面から穏やかな声。

「本当に熊だったの?」
「え?」

顔を上げると鳳君が私を見ていた。

「その茂みから現れたっていう大きな影」
「うん。たぶん」
「たぶん?」
「ハッキリ姿を見たわけじゃないんだけど、キラって目みたいな光が二つ見えたし…」
「光が二つ……」

全員が丸メガネをかけた先輩に視線を向ける。

「俺にはアリバイがあるで!お前らも知ってるやろ!」

立ち上がった忍足先輩に”なにも言ってないだろ”と岳人先輩。

「目は口よりものを言うねん!」

私の入浴姿を覗かないようにと、忍足先輩には6人の監視がついていた。
疑いの目をむける宍戸先輩。

「どうするよ?」
「忍足のことか?熊のことか?」

ゲンコツを握って忍足先輩を睨む跡部様。

「殴るつもりか?俺を殴るつもりやな!濡れ衣をかけられたまま俺は殴られるんか!」
「お、忍足さん…落ち着いて」
「鳳!俺がもし裁判を起こしたらこの繰り返される言われなき暴力の証人になってくれ!」
「忍足さんがセクハラで訴えられる方が先だと思いますよ」
「なんやと!日吉!!」

ツーンとそっぽを向く日吉。

「グレたる!不良になったるからな!盗んだバイクで走りだしてやるからな!」

”15の夜”を歌いだした忍足先輩を”うるせえぞ!”と一喝し、跡部は宍戸先輩の方へと向き直る。

「熊は寄りつかねぇようにするしかねぇだろ」
「寄りつかねぇように?」
「アイツらが襲ってくるのは出会い頭に驚いて攻撃してくるんだ」

人間との接触を熊も避けたい、とさっきも跡部は言っていた。

「こちら側も存在を示して接触を避ける必要がある」
「話し声や歌声なんかで知らせてあげるのよね」

私がそう言うと、”ああ”と跡部はうなずいた。
宍戸先輩は魚を刺していた枝をポイっと火の中に投げ入れる。

「じゃあ夜通し起きてみんなでキャンプファイヤーでもしてろってか」」
「いいや、二人一組で見張りをつけて二時間毎に交代だ。それ以外はテントで休めばいい」
「わかった」
「よし、では熊に遭遇した時の対処方法だが…」

ちょ

「ちょちょちょちょちょっと待って!」

遮った私に不満顔の跡部。

「…なんだよ」
「いやいやいやいや!そんなおっかない話、突然始めないで!」
「そうだぜ跡部!心の準備させてくれよ!ワンクッション置くとかさ…!」

みんなもブルブル震えている。
急に熊と遭遇した場合の対処方法なんて教えられても心の準備が…。
戸惑う私たちへ”重要なことだろ”と肩をすくめる跡部。
岳人先輩は小動物のように怯えて、

「だ、だいたいお前なんでそんなに熊に詳しいんだよ?」
「山の知識がゼロのお前らの方がおかしいんだよ。いいから頭の中に叩き込め!」
「イエッサー!」

日々の調教のせいか、跡部様の命令には反射的に敬礼をしてしまう私。
正レギュラーたちはそんな私へ冷やっこい視線をよこしてくれる。
跡部軍曹は私の方へと向き直る。

「おい、安積」
「なんですか」
「お前、間違っても熊と一戦交えようだなんて考えるなよ」
「はあ…」

思いもよらぬ忠告を頂戴してしまった。
跡部は真剣な顔で続ける。

「お前のパンチなんか、熊の皮下脂肪の前では無意味だ。骨折したくなかったらやめておけ」
「それは分かったけども、どうして私だけそんな忠告を受けるの?」

納得いかない私の背後で岳人先輩が呟いた。

「いざと言うとき、沙穂が一番向かっていっちまいそうだからだろ」

ッキ!と睨みつけると岳人先輩は両手を頭の後ろで組んで知らんふり。
私を無視して跡部へと尋ねた。

「でもさ、ばったり遭遇しちまったらどうすりゃいいんだよ?死んだフリか?」
「引っ掻かれて死ぬぞ」
「マジで!?」

死んだフリはダメなんだ…戸惑う私たちを見て跡部はフンと鼻を鳴らした。

「俺様がお前たちの頭と体に叩き込んでやるぜ。メモを取れお前ら!」

それから小一時間ほど跡部景吾様による『クマ遭遇時の心構えと対処法』

1、クマとの距離がある場合編
2、至近距離編
3、正しいガードの取り方

を、みっちり体と頭に叩き込まれました。
これでいつ何時熊に出くわしても大丈夫!と太鼓判を押されたけど、不安しかない。


*********

テントの中は8人で入るとキュウキュウだった。
普段は部員から雑な扱いを受ける私ですが、非常時はみんな紳士的で一つしかない寝袋を譲ってくれた。
最初の見張り担当は宍戸先輩と鳳君。
私も見張り番を申し出たのだが、当然のように外された。
夜の山は驚くほど寒い。私たちはテントの中で寄り添い、眠る事にした。
狭いテントの中でそれぞれ寝床を確保していると、

「忍足!お前は一番端だ」

跡部に隅に追いやられた忍足先輩はブツブツ文句を口にする。

「沙穂の隣がよかったのに、何でジローの隣…」

忍足先輩の恨み節もジロー先輩は何のその。まぶたをこすってパタリと倒れこみ、数秒でスヤスヤ寝息を立て始めた。
ランタンの灯が消え、静寂が訪れる。
みんなで引っ付いていると山で遭難してるというのに…不思議と心細くない。
ゆっくり目を閉じる、漏れ聞こえるダブルス1の声。
焚火の前で熱心に話す二人の影が、ゆらゆらテントに映って影絵のようだ。
ダブルス1の”今後の練習方法”や”全国への意気込み”を聞きながら…私は眠りに落ちた。



「…ん」


ふと、目が覚めた。
目の前の背中をボンヤリ見つめる。
先ほどまでは跡部の背中だった…今は宍戸先輩にかわっている。
耳を澄ます、静かな寝息たちに交じって聞こえてきたのは忍足先輩と跡部の声だった。

「最近見た映画ではそれが一番よかったで」
「また古いのを引っ張り出してきやがるな」
「単館リバイバル上映しててん、見てへんの?」
「原作は読んだが、映画は見ていない」

ダブルス1の後が岳人先輩と日吉で、その後がジロー先輩と樺地君…最後の見張り番がこの二人。
二時間ごとの交代だから…ええと今、何時なんだろ?

「わりと甘ったるい話だったが、お前、ひとりで見に行ったのか?」
「そやで、彼女おらんもん」

ドキリ、とした。
忍足先輩の口から”彼女”という言葉を聞いたのが初めてだったからだ。

(そういえば、みんなの恋愛話をまったく知らない…)

現在、彼女がいないのは言葉の端々や雰囲気から何となくは知っている。
好きな子がいるのか、とか、彼女がいたのかなど、お互いに話さないし聞いたこともない。
華やかな外見の男子テニス部正レギュラーたちは、見た目とは裏腹に硬派で、”恋愛話”はタブーだと思っていたから。
だけど、跡部と忍足先輩は同学年で、部活仲間なのだ。
そんな話の一つや二つ、普段からしてるのかもしれない…私が知らないだけで。

「一緒に見に行ってくれる彼女がおったら、そりゃ一番ええけど。残念ながらおらん」

おどけた声を聞いて、胸が苦しくなった。
先輩だって彼女が欲しい、と思うのは当然だよね。
どこかで淡い期待を抱いていたのだ、と気づく。
異性の後輩として優しく接してもらうことに、特別扱いを感じていたのだと。

「言い寄ってくる女がいないわけじゃねぇだろ」
「まぁな」

忍足先輩の影が焚火へと小枝を投げ入れる。
先輩がモテないわけがない。
綺麗な顔をしているし、手足がすらっとしていてスタイルがいいし、何より女の子に優しいのだ。
ついこの間も、スパイとして潜り込んでいた北海道代表、椿川学園の女子マネージャーをかばってあげていた。
それに感激した彼女が忍足先輩に好意を寄せるであろうことにも気づいていた。
私だって先輩の優しさに触れて、そう感じてしまう瞬間がいくつもあった。
好きになってしまう子が多いんだろうな、と思う。
学園の女の子、先輩のクラスの女子、女テニの子たち、私にも、みんなに分け隔てなく親切で優しい。
モテないわけがない。
彼女がいたっておかしくない。

「でもなぁ…」

炎が揺らめいて、二人の影が揺れた。

「あの子がええんやもん」

パチッと焚火がはねた。
しばしの沈黙。

「フン」

跡部が鼻で笑う。

「この度はお悔やみ申し上げるぜ、忍足よ」
「ホンマやで」

テントに映る忍足先輩の影が空を見上げていた。

「人が一大決心したっていうのに…」
「残念だったな」
「この恨み忘れんで」
「やることが極端なんだよお前」
「極端を極めてる男に言われたないわ…」

ズキズキと胸の痛みが増す。
テントの外には”先輩”じゃなくて”男の子”が二人。
私の知らない女子の話をしている。

「泣かすようなことはするな」
「うわお…」

茶化す忍足先輩の声を、

「真面目な話だ」

跡部の声が遮る。
またパチッと火の粉がはねた。
再び、沈黙。

「泣かれてたら…」

静かな山の夜、聞こえてきた忍足先輩の声は、初めて聞く…胸を締め付けられるような切ない色。
ユラユラ揺らめく忍足先輩の影がゆっくりと両手をあげる。

「…こうするしかなかったで」

”お手上げのポーズ”

二つの影は数秒、見詰め合って…そして肩を揺らして笑った。
私の胸はズキズキ痛むばかり。
ひとしきり笑った二人、ふと間があいて…

「お前こそ泣かすなや」

静かな忍足先輩の声に、跡部は何も答えなかった。
再度、沈黙。

外に流れる空気の密度が増し、焚火だけがパチパチと乾いた音を立てている。

私は…私は、寝袋にくるまり、テントを隔てて向こうの二人を、遠くに感じていた。

とても寂しい。
私の知らない”あの子”のことを想って会話する先輩達。
同学年の、同性の、同じ部活の男の子が、テントの前で焚火に薪をくべ、非日常の雰囲気の中…気になる女子の話をする。
そのひとは、かつてのクラスメイトだろうか。それとも、二人共通の知り合い?
私は先輩たちの背中を追いかけて必死の毎日だけど、前を走る二人には広い世界が広がっている。
私の知らない世界を持っていて、そこでの繋がりもある。
二人に大事にされている、その人がうらやましい。
会ったこともない誰かを羨む、己の心の狭さが惨めで、涙があふれそうになる。

この醜い気持ちは消し去らなければ。

足を取られて、あの背中を追いかけられなくなってしまう。

マネージャーになりたいと志願して選んだのは自分なのだ。

そして、私が選んだ道は跡部や忍足先輩と、世間一般でいう”男女の仲”になりたいというものではない、ということに気付き始めている。
異性としての憧れの気持ちもある、ときめく心もある、が、それ以上に尊敬している。
二人のようになりたい。

肩を並べて歩ける人になりたい。

その気持ちで毎日頑張っているけど、けど…
やっぱり、この人たちに”彼女”ができたら、すごく寂しい。

「ぐすっ…」
「…ん?」

目の前の滲んだ背中が起き上がり、宍戸先輩は目をこすりながら私を覗き込んだ。

「ぇええ?」

素っ頓狂な先輩の声がテント内に響く。

「えええええ?」

私を挟んで向こうの鳳君を揺すり起こす宍戸先輩。

「っちょ、長太郎!安積が…」
「はいィ…?」

寝ぼけ眼をこすり、半身を起こし振り返る鳳君。

「え…?ぇええ?」

宍戸先輩と同じような声を上げ、私を覗き込む。
泣いている顔を見られたくなくて、両手で顔を覆った。

「ど、どうしたの?安積さん、どこか痛いの?」
「腹か?頭か?」
「なんでもありません…」
「なんでもなくねぇだろ、お前」

恥ずかしい。
我ながら面倒くさい女だ、泣くなんて。

「熊の影見ちゃったもんね、怖くなっちゃった?大丈夫?」
「見張り役はどうしたんだよ?気づきもしねぇで。ちっとも声が聞こえねぇぞ」

宍戸先輩はテント幕の向こうを睨みつける。

「アイツら、まさか居眠りしてるんじゃねぇだろうな」

開けないで、宍戸先輩。

「おい!跡部!忍足!」

開けないで…こんな顔見られて”困った顔”されたくない。
パチパチッとまた、乾いた音がはねた。



「なんだよ、起きてるじゃねぇか」

宍戸先輩のあきれた声

「なんだよお前ら?気味悪ぃな」

オレンジ色の炎の向こうに、ニヤついた笑みの跡部と忍足先輩がいた。
私を見て、二人は噴き出す。

「いや、沙穂が誤解してるもんやから、なあ?」
「ああ」

何が誤解だっていうのだろうか。
こっちは知らん女の話を聞いて嫉妬むき出しの醜い泣き顔だってのに。

「私の気持ちを笑わないでください」

笑われて、怒りながら私は泣いた。
真剣なのだ。笑わないでほしい、嫉妬に狂う醜い心を。
跡部と忍足先輩は顔を見合わせると、

なぜか”お手上げ”のポーズをした。


「ガルルルるるるるるるるるるるるるるるる!!!!!!!!!!!!!!」

山にこだまする猛獣の鳴き声。
宍戸先輩は振り返ると呆れ顔で私を見た。

「また腹の虫か?もう腹減ったのかよ、燃費悪いな」

跡部と忍足先輩は両手を上げたまま、ガックリとうな垂れている。
他のメンバーも起きたのか迷惑顔でこちらを見ている。

「違う、私じゃない」
「え?」
「あ、あれ…」

震える指で茂みの奥をさす。
そこにはキラリと光る二つの瞳があった。

「がるるるるるるるるるる!!!!!!!!!」

ガサッと動いた影は大きく、鋭い爪を広げて威嚇している。
真っ黒で胸元に白いVの字の斑紋、ツキノワグマだ。

「ほ、ほんもの…」
「お前らっ”クマと遭遇時の心構えと対処法”その1だ!」

跡部が立ち上がった。

「今こそ実践の時だぞ!」
「あの…跡部さんっ」
「何だ?」

挙手する私を鬱陶しそうに睨む跡部。

「気のせいかな?あのクマ、私のこと見てない?」

こんなにたくさん人間がいるのに、ヤツの狙いは私にロックオンされている。
他の人間は全く目に入っていない。

「これまた気のせいだったらいいんだけど、心なしか近づいて来てない?」

熊はジリジリと距離を詰めている。
私はバッと忍足先輩のズボンにしがみついた。

「沙穂ちゃん!やめて!脱げる!」
「こうなったら神頼みです!先輩”お守り”持ってたでしょ!アレ貸してください!」
「いや、あの…あれはその…」
「熊を遠ざけたまえ〜!」

先輩のお尻のポケットに突っ込まれた財布を拝む私と、忍足先輩に冷たい視線を向けるみんな。
忍足先輩はズボンを抑えながら

「俺は悪くないで、悪くないからな!!」

仲間たちに何か必死に弁解していた。

「ガルるるるるるるるるるるるるるるるる!!!!!!!!!!」

猛獣は唸り声を上げ、こちらに近づいてくる。
狙いは私に定められたまま…。
跡部と忍足先輩がサッと私の前に立ちふさがってくれる。

「美しい…」

二人のその横顔、凛々しく完璧である。
まさに宝である、某海賊団が探し続けているひとつなぎの財宝って、この横顔じゃね?
私は全国美少年調査連盟の会員である。
美少年の発掘、生態の調査、育成、保護を目的としてる団体である以上、私のとるべき行動はひとつ。
拳を握りしめ、一歩踏み出した。

「沙穂、危ないって…」

このパンチ、届かないかもしれない。
熊の皮下脂肪で無力化、オーケー。

「ならば、ヤツの鼻っ柱にお見舞いしてやるまで!」
「なんでそうなるねん!」
「熊よりもこいつの動きを止めろ!」
「ひとつなぎの財宝を…二人の横顔を守らなければ!!」

美少年二人が私を羽交い絞めしようとするけど振り切り、

「海賊王に俺はなる!!!!!!」

私は熊に突っ込む。
大丈夫だ、私には「対、跡部戦」に向けて磨き続けてる右ストレートがある!
あの熊野郎の顔面に食い込ませてやる!
サッと熊の懐に入って顔面をとらえた、同時にガバッと熊が両手を広げた。

照準は絞られている。
私の方が速い。あとはこの右拳を…

「沙穂〜〜〜〜〜!!」

え?熊、しゃべった?、と思った時にはすでに遅く。
私の右ストレートが鼻っ柱にヒットして、熊らしき”何か”は宙を舞っていた。
私が殴った”何か”それは…

「あ!叔父さん!!」

それは、熊の毛皮をかぶった私の3等親だった。


******


翌日、地方新聞の夕刊にはこんな小さな記事。


○○山、不明中学生9名と30代男性奇跡の生還


8月○日、○○山で行方不明となっていた都内に通う中学生男女9名と10日前入山するのを最後に消息をたっていた30代男性、無職住所不明が捜索隊によって発見された。
男性は”自称、秘湯ハンター”で道に迷い、この10日間野生動物を狩り、飢えと寒さをしのぎ…

「何が秘湯ハンターだ、紛らわしいカッコで驚かせやがって」
「あ!ちょっと!返してよ〜!」

跡部に新聞を取り上げられた。

「すべての元凶はこのふざけた”秘湯ハンター”だろうが」
「うちの親戚が迷惑かけたのは謝るからさ」

救出された昼過ぎには跡部家の迎えが来て、私たちは無事東京へ帰るところだ。
車内で起きているのは私と跡部だけ、他のみんなは爆睡中。

「で、迷惑な叔父はどこ行ったんだよ?病院から姿消したって警察が騒いでたぞ」
「さあ、また旅にでも出たんじゃない」

自分探しの旅に。
フランス外人部隊で鍛えられていたあの”自己未確立の大人”は、私たちがあの山に入るずっと前から遭難し、山でビバークしていたらしい。
熊を倒し、その毛皮で夜の山の寒さをしのいでいたんだって。

「でも、本物の熊じゃなくてよかったね」
「よかったね?死ぬところだったんだぞ、お前」
「わ、わかってる…」
「熊に素手で向かっていくバカがどこにいるんだ」
「すみません」

もういいじゃない、お小言ならみんなからもお腹いっぱい頂きましたよぉ…
唇を尖らせ流れる車窓を眺めていると、真剣な声。

「もう二度とあんなことするな」

跡部は眉間にしわを刻んで新聞へと目を落としている。
少し怒っているようだ。
私は心配をかけたことを素直に詫びた。

「すみませんでした。二度と熊に向かっていくだなんてバカなことはしません」
「わかったならそれでいい」

というか、

「熊も遭難も、もう二度とゴメンです」

私の隣で目を閉じていた忍足先輩がふき出した。


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