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※箱云々の話が終わった未来の話になります。
※若干ネタバレ。

□□□




「土方さんはさー、ちゃんと言葉にしてる?」


出合い頭に突然そう言った村田健を、私こと土方サクラは凝視した。

双黒はこの世に二つとして現れないと言われていたのに、村田の出現により、黒を身に宿す者は三人へとなったのは――もう結構前のことだ。

滅多にお目見えできないと言っていた“黒”が、三人もいるのだから、貴重ではなくなったのではと私は思うのだが……周りの反応は違った。変わらず、黒を美しいとし、称えるのだ。まったく此方の審美眼はおかしい。

あ、村田とは中学時代は、互いに切磋琢磨して、テストの点数を競っていた。何回か期末テストで負けたのは苦い思い出である。

その村田が、眞魔国に何故いるのかって?猊下だからだ。


……うぬ、現実逃避してるのは、村田がまた意味の解らぬ事を言い出したためで。

意味が解らぬが、それを追及したくはなかった。だが、


「ちゃんと言葉にしないと伝わらないよ?僕達には口という機能があるんだから、言わなきゃね」


村田は、某探偵漫画の小学生のように眼鏡を反射させて、謎の言葉を続けた。

逃がしてくれるつもりはないらしい。そう悟り、私は観念して村田に向き直った。


『…いきなり何を申しておるのだ。もう少し解りやすくだな、』

「だからね。土方さんは、ウェラー卿に愛の言葉をちゃんと伝えてる?好きとか、愛してるとか」

『……は、ぁ?』

「女性だからって受け取るだけでは駄目だよ、ダメダメだね」


――何故に己は、いきなりこやつに駄目だしされておるのだろうか。


「いいかい、ここは異世界で地球じゃないんだよ?奥ゆかしい日本人の常識は通じないんだ。此方の女性は情熱的だからね、愛の言葉を囁くのは男性からというわけじゃない」

『へ、へぇ…』

「で?言ってる?」

『……言ってないかも…雰囲気に流されて伝えることはあるが…私からはないな』


――私は、友達になにを話しているのだろうか。しかも相手は男の子で異性だぞ。


「たまには土方さんからも言わなくちゃ、ウェラー卿に愛想尽かされちゃうよ」

『………』




なんてやり取りを昼間にしたから。




『………、』


私の脳裏に、ドヤ顔の村田の顔と言葉が離れてくれなくて。自然とグウェンダルのように眉間に縦皺が寄った。


「サクラ様、今日は…書類をかなり捌いてましたが、お疲れでしょう?」

『……』

「サクラ様?」


村田の言葉が脳内で延々とリピートされて、悶々と考えて。

あやつの言っておることも一理あるのだ。私にも心当たりはある。

外国の人って、想いを伝えるのに恥ずかしがったりせぬのだ。敢えて言葉にしない日本人の美学はここでは通じないのだ――って…私は、美学云々ではなくただ単に、照れるから口にせぬかった。故に、悶々としておるのだ。

“好き”は、言える。けど、“愛してる”は、勇気がいる言葉だ。


『う、うぬ?あぁ…疲れてるみたいだ』


悶々と思考を巡らせてたら、己の護衛――ブレット卿オリーヴの顔がぬっと視界いっぱいに映り込み、意識が現実に戻った。

夕飯も食べずに黙々と執務室に籠って山吹隊の書類に目を通しておったから、目が疲れてるのは嘘ではない。オリーヴのピンクの瞳から回廊から見える夜空へと向けた。もう夜か。


「御部屋で何か食べられますか?夜食でも用意させます」

『あーいや、大丈夫だ。いらぬよ』


と、断れば、オリーヴは形の良い眉を器用に上げる。それを見て苦笑が零れた。

ひんやりと夜風が気持ちよくて、暗い回廊にいるサクラとオリーヴを月明かりがぼんやりと照らしてくれていて。気配が薄いウェラー卿コンラートの姿も、二人の視界に飛び込んだ。

いち早くその存在に気付き、顔を顰めたオリーヴの横で、サクラもまた遠くから歩いて来るコンラートに視線を向けた。

「こんなところにいらしたんですね」と、夜なのに相も変わらず爽やかに微笑むウェラー卿に、オリーヴは隠しもせず舌打ちをした。

ヤツは、オリーヴなんて眼中にないのか、サクラ様だけに視線を注いでる。…本当にサクラ様だけしか眼中にないのだろう。

尖っていた昔と違い、感情豊かになったウェラー卿の姿は、未だに慣れないが、昔に比べればオリーヴもまた歳を重ねて大人になったと言えるから、昔に比べてのあまりの変わりように驚きこそすれ違和感はなかった。

ウェラー卿もまた自分と同じくサクラ様と出逢っていい意味で変わった奴だから、サクラ様を奪う人物として嫌いだけれど、魔族として剣士として尊敬はしている。サクラ様にもウェラー卿にも絶対言わないけど。


「――オリーヴ」

「……なによ」

「サクラは、俺が部屋まで送るから」


言外に、用なしだから帰れと言われて、オリーヴはとても面白くなかった。

彼女と再会出来て嬉しいのは自分も同じなのに。しかも、サクラ様が記憶を取り戻して下さったから、話したい事が沢山あるのに。いつもウェラー卿がサクラ様の隣りは自分だとばかりに当たり前のような顔して、サクラ様を奪っていく。

やっぱりこいつは、尊敬できるが嫌いだ。


「?サクラ…何を見て――…あぁ月…今日は満月ですか」

『うぬ』


サクラ様は無意識だけれど、ウェラー卿は判っていて、二人だけの空気を作っている。

途端、二人だけの会話に突入したので、オリーヴは一度だけウェラー卿を睨み、そっとサクラ様の斜め後ろで黙って控えて成り行きを見守る。ウェラー卿には、案に帰れと言われたが、主であるサクラ様から何も言われてないから帰るに帰れないから。


「綺麗ですね」

『!』


――ぬおおお!そうだっ。

この流れで普段は申せぬ言葉を送ればいいのではなかろうかッ。


『な、ななにがだ?』


ピコーンと名案が閃き、声が裏返っているのを自覚しつつ、そう尋ねれば、コンラッドの不思議そうな瞳とかち合った。

ぼんやりとした明かりの下でも、彼のキラキラとした瞳が良く見える。


「月が…綺麗ですね、と」

『!』


かの有名な夏目漱石が“Iloveyou”を“月が綺麗ですね”と、訳したという有名なフレーズだ。

この返しとして、同じく小説家として有名な二葉亭四迷が、“Ваша…(あなたに委ねます)”というロシア語を“死んでもいいわ”と訳したものを返すのが定番となってる。


――然し…だ。

私は常々コンラッドに、簡単に命を捧げると申すなと口を酸っぱくして言っておるので……己から死んでもいいとか嘘でも申せぬし…他のいい返しはなかろうか。

半ば無理やりその流れにしたから、すぐに何か言わなければならぬなと脳内をぐるぐると回転させた。


『そ、そうかー?私は…ずっと前から、あ二十年前から此方の月は綺麗だと思っていたぞ』


――よしっ!良くぞ言ったー!

昔から、ずっと愛してましたよ――と、直接は恥ずかしくて申せぬその言葉を上手く返せた。うむうむ頷いて自画自賛。

噛み噛みで、顔に全身の血液が集まっておるのを自覚しながら、言ったのに。


「そうですか」

『……、』


と、困惑気味に頷くコンラッド。こやつ判っておらぬな。

アメリカの事ならともかく日本の常識は判らぬだろうと――…普段の私であればすぐに気付けたが、羞恥心で思考が正常ではない今の私は、では何と言えば通じるのかぐるぐると脳内会議を開いた。


『…コンラッドが…あの月が綺麗だと申すなら、私は死んでもいい…かも』

「何を言ってるんですかサクラ」

『……、』


よしッ言ったー!と、内心微笑む己の肩を、がしッと真正面からコンラッドに掴まれて。

神妙な顔をしているコンラッドの様子に、伝わったのか伝わっておらぬのか判断がつかなくて、どきどきさせた。


「死んでもいいなんて、絶対言ってはダメだ」


しつこいようだが、普段の私であれば、二十年前の事があるからこそ私が命を軽んじる発言をするのを善とはしないコンラッドの考えはすぐに察したのだろうが――…今の私はいっぱいいっぱいで。

あ、そもそも私は命を軽んじる発言はせぬけども!

ってそうじゃなくてだ、勇気を出して言ったのに伝わらなくて。何だかムカムカしたのだ。頑張ったのにー!


『この朴念仁があああああ』


幼子に言い聞かせるように、駄目だとつらつら説教をしてるコンラートに、サクラの拳が震えていたのに気付いたのは、背後にいたオリーヴだけ。

怒るのはコンラートの方なのは誰の目から見ても明らかなのに。

いきなりぷりぷりし始めたサクラに、コンラートもオリーヴも一瞬なにが起こったのか理解出来なかった。いや、だって、サクラは…、筋の通ってない事以外には怒らない性格をしてるから。

彼女の怒りの勢いは止まらず、『今日はオリーヴの部屋に居候するッ!』とか言われた時には、流石のオリーヴも慌てた。


「………ぇ、」


走り去るサクラの背中をオリーヴが追いかけ、何が何だか分かってないコンラートだけその場にぽつんと取り残されたのだった。


「え?」







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