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「――サクラ」

『うぬ?コンラッド?どうしたのだ』

「サクラは、その…」


言いにくそうに口を開け閉めする我が婚約者の姿に、私はこてりと顔を斜めに傾げる。


――うぬ?先程までは、いつもの爽やかな笑みを湛えておったのに……この数十分の間に何があったのだ??

ヴォルフラムとユーリの言い合う声が大きくて、コンラッドの声を聞き逃すまいと、耳をすませる。


「サクラの中では、自然消滅ってどれくらい連絡を取らないと成立するものだと思っているのです?」

『毎日当たり前のように連絡を取っている仲だったとしたら、一ヶ月返信がないのは、もう危ないと私は思うぞ』

「あんまり連絡を取らない恋人同士だったら?」

『う〜ぬ…これまた難しい質問だなー』


コンラッドがこの話題に喰い付いてくるとは思っておらぬかったので訝しんだが、冗談で尋ねて来ておる風ではないみたいだから、私も真面目に答える。


『それでも一月も連絡取らずに、会いもせぬなら…付き合っておるのか?と、疑問が湧くな』

「……そうですか」

『どうしたのだ、大丈夫か?』

「サクラ、俺達の関係って何です?」

『――ぇ……婚約者同士であろう』


何を当たり前の事を訊いてくるのだと、続けて言えば、コンラッドは目を丸くしたのち――ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。

対して私は、コンラッドが嬉しがる要素が全く分からなくて、怪訝な表情で彼を見つめる。そんな己の視線の意味に気付いたコンラッドは、緩んだ口元を手で隠しながらも説明してくれた。


「いや、サクラはいつこちらに来るか分からないので、長くて半年も連絡取れないなんて事多々あるじゃないですか」

『うぬ』


その通りなので、こくりと頷く。

ユーリも私も、眞王陛下の御意思とやらの勝手な都合で、予告なくこちらに飛ばされたり地球に帰されたり。長く血盟城を開けるなんて珍しくなく、だからこそ今のこの現状のような書類のプールが出来上がるのだ。

纏めて書類を捌く方の身にもなってみろ。もの凄く発狂したくなるぞ。


「だから俺達の関係も自然消滅になったりするのかな…と思いまして」

『……は、それはあり得ぬだろう!元々、それを頭に入れた上での婚約者になったわけだし、連絡が取れなくて当たり前の環境だから私達にはこれは当てはまらぬであろう?』

「会いたいときに会えないのですよ?」

『あー…確かに寂しい時は、困るなー。会いに行きたくても出来ぬし』

「でしょう?ですからサクラが地球で他に好きな人でも出来たりしたら、俺に勝ち目なんてないなー…って」

『…………はぁ?私が浮気するとでも申しておるのか!』

「だって先の事は判らないでしょう?」


コンラッドがそんな事を思っておるなど思ってもみなくて、思わず沈黙した。

だけど、私も不安に感じる事は多々あるし、それに…コンラッドは私と同じくらい寂しがり屋で、その上嫉妬深いので、不安に感じていると知ればその不安を取り除いてあげなければと思う。

そんな下らない事でこの関係を壊したくないから。


『……私はだなー…会えなくて寂しく思うけど、だからこそ会えた時は嬉しいと言うか……そもそも私はコンラッド以外の異性を好きになる事はないから安心しろよ!それともあれか?私の事が信じられぬのか?』

「いえ、ちょっと不安になったものだから」

『そんな事言って…コンラッドの方こそ浮気したら許さぬからな!』

「ふっ、それこそ天と地がひっくり返ってもあり得ませんよ」


口元を嬉しそうに緩めるコンラッドの表情を見て、半眼になるのを許してほしい。

大体私がこやつを放っておいて他の男に現を抜かすわけなかろうに。絶対にあり得ぬ。私は、こう見えて筋肉に見惚れても、惚れやすい性格はしておらぬぞ。イケメンは目の保養だと思っておるけども、恋愛対象には見ておらぬし。


『それなら善いのだが…貴様はモテるからなー』


浮気だとか、不安だとか言っていいのは己の方だと思う。

私よりもコンラッドの方が異性と接触する機会が多い上に、彼は女性の扱いに長けていて柔らかい雰囲気にノックアウトされる女性は少なくないだろう。となれば、浮気の可能性は私よりもコンラッドの方が多いのだ。

だって、私は学校と家を行き来するくらいで異性と触れ合う機会などそうないのだ。同級生の男の子達は…精神面が子供…というか……幼く感じる為に対象外で。


「いやサクラの方がおモテでしょう」

『いやいや、私の顔は地球では平凡顔だぞ。コンラッド、いちいち不安になるのは止めろ。地球に帰ったって、コンラッドの事は忘れたことはないぞ。寧ろ毎日だって考えておるし』


毎度、毎度申しておるが、日本には双黒なんてゴロゴロおるからな。右を向いても黒だし、左を向いても黒髪で、前や後ろを見ても双黒だ。

ギュンターが日本にいたら鼻血どころではなく全身の毛穴から汁が出るに違いない。

ユーリは可愛らしい顔立ちだからともかく、私は平凡な顔で日本人特有だなありふれた顔である。眞魔国基準で考えてはいけない、こっちではかろうじてモテたとしても、地球でモテた事などないぞ。

と、思考しながら、ソファーに座る私を見下ろすように近くへと近寄って来たコンラッドを見上げれば――…


「――サクラ」


頬を優しく撫でられて、心臓がトクンっと跳ねた。

私の好きな銀を散りばめたキラキラ光る双眸に見つめられると、どんな時も魔法にかけられたかのように思考も体も停止する。

コンラッドが私の頬に手を当てたまま自然な動作で屈むのを眼でゆっくりと追いながら――私も自然と目を閉じた。

コンラッドに見つめられると、コンラッドのことしか考えられなくなる。だから、ここが何処なのかすっかりぽんと頭から抜け落ちていて。


「待て!待て待て待て」

「ちょっと!アンタ何してるのよッ!?」


耳朶に慌てたようなグウェンダルとオリーヴの声が聞こえて、途端に我に返った。

シンデレラの魔法が十二時で解けてしまったように、二人の慌てた声に私にかけられた魔法も消え去ったような感じがして思考がクリアになる。徐々に状況を理解するのと共に、己の頬は朱く染まっていく。


「何ってキ――…」

「わーやめてぇー!!!!名付け親のあんたと友達のそんなシーン見たくないってぇ!!!!!」

『わー!!!!わわわ、私今、恥ずかしい事申しておらぬかったか!?訊いた?訊いちゃった!!!!?』


しれっと答えるコンラッドを横目に、サクラもユーリも大きな声で絶叫した。

ユーリとサクラの声が重なって、二人が何て言ってるのか聞き取れなかったけど、どちらも羞恥心でパニックをおこしているのだという事は容易に想像できる。


「………………少し、落ち着け」

『わーわーわーわー!!!!』


恥ずかしすぎて私は手で顔を隠して、視界を遮断した。恥ずかしー!

冷静なグウェンダルの態度も、私の羞恥心を余計に煽っておるのだ。グウェンダルってば、どこまでも冷静なヤツめッ!


「サクラ、場所を移動しましょうか」


コンラッドの声は、聞こえぬかったフリをする。――それに、貴様は仕事中だろーがッ!

全く、魔王陛下の護衛を放って何をするつもりなのだッ!口に出したら、とんでもない事になりそうだと重々承知しているので、心の中でヤツに突っ込みを入れる。こうでもしないと羞恥心で可笑しくなりそうで。


『あーわーわーわーわーわーわー』


ピンクに染まった執務室の元凶であるコンラッドは食えない笑みを浮かべていて、対してサクラは恥ずかしさから目をぐるぐると回していたが――…。

結局、陽が落ちてからサクラが婚約者にぺろりと喰べられたのは、言うまでもない。






遠距離恋愛

(コンラッドは余計な事を考えすぎなのだ)
(それはサクラが無防備だからです)
(ぬ、どういう意味だ、それは!)
(……サクラって時々天然ですよね)


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