※夢主とコンラッドは既に恋人同士。
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『そ〜言えばな、気になる事があるのだが…』
今日も今日とてユーリは、執務に追われていて、う〜んと苦しそうに唸っていた。
まぁ彼の脳は筋肉で占められていると言っても過言ではない為、特に気に留めず。それに彼の場合は、この眞魔国の王――魔王陛下であるから、どんなに苦しくても書類は捌いて欲しいものである。うむ。
私はと言うとオリーヴが仕切っていた隊――…私は今まで彼女が隊長を務めているのだと思っておったがそれは違ったらしい。
真実を知ってからは、私が隊を率いる事になり、今では山吹色の軍服を身に着けている軍の隊長である。
何が言いたいかと申すと、漆黒の姫としての国政の執務と、軍の書類、それから随分前に纏める事になった“パプリカ”の書類もあるので、ユーリを生暖かい眼差しで見守っていた己も机と仲善くするはめになったって事だ。
「なにがー?」
「何処か判らない箇所でもあったのか」
『いや、書類とは全く違う話なのだがなー』
私にも執務室を与えられているのだが――…私もユーリも、未だにグウェンダルの執務室にお邪魔して大量の書類に立ち向かっている最中で。
ふと全く関係ない疑問が己の頭をかすめたので、そのままぽつりと音にしてしまった。
意外に優しいグウェンダルと仕事に飽き飽きしているユーリの視線、それから魔王陛下である護衛のコンラッドと、彼の弟兼ユーリの婚約者であるヴォルフラムと、サクラの護衛であるオリーヴの視線が集まったので、大した話ではないのだが、そのまま言葉を続ける。
『自然消滅って、どれ位で連絡取らなかったら成立するのだと思う?』
「え、」
「………は?」
ユーリとグウェンダルは一瞬、サクラが何を言ったのか理解できなくて。
護衛らしく静かにしていたオリーヴは目を瞬きし、サクラの婚約者であるコンラッドは――…ピシリと硬直した。
サクラは、そんな彼等の様子に全く気付かず。因みにヴォルフラムは意味が判っておらぬのか、きょとんとしている。
『私のクラスメイトがな、この前そのような事を申しておったのだ』
「サクラの?」
『うぬ。同じ歳の男性と付き合っていたのだが……その彼が遠くへ転校になったとかで、最近連絡がないらしい』
「転校とは何だ!男か!?」
もちろん意味不明な反応をしたヴォルフラムを、ユーリも私もスルー。
『その子は、これはもう自然消滅なのかとか悩んでおってな。で、どう思う?どれくらいの期間連絡を取らぬかったら、自然消滅になるのだ?』
「う〜ん…それってどれくらい連絡取れてないの?」
『メールはしてるらしいのだが、如何せん相手がシカトしておるらしい。ここ一ヶ月ほど』
「一ヶ月!?う〜ん……」
私の話を訊いて、真面目に頭を悩ましてくれているユーリに目を向ける。
グウェンダルの執務室は、程よい静けさで居心地が善く、耳朶に届くグウェンダルが書類を捌く音とユーリとの唸り声と重なり合って、不意に平和だなーと他人事のように思ってしまった。
「おい!メールとは何だ!男かッ!」
『違うわッ!地球での連絡手段だ、莫迦たれ』
「ばっ、ばかたれだとー!?このへなちょこッ!」
『へ、へなちょこッ!?私はへなちょこではないわッ!!わがままプーめ』
――割と真剣な話をしておったのに!
ズルッと転けそうなくらい緊張感のない、しかもワンパターンなヴォルフラムの科白に、思わず声を荒げた。
すかさず、へなちょこだとか不名誉な攻撃を喰らって怯んだのだが、ユーリが「まぁまぁ落ち着いて」と諌めた故、渋々だが浮きかけた腰をソファーに沈める。
ユーリの顔に免じて引き下がったけれど――私は断じてへなちょこではないと言いたい!と、心の中で叫んでいたら――…
「直接会いにいけばいいだろう」
と、眉間の皺がチャームポイントになっちゃったグウェンダルにそう助言されて、ふむと頷いた。
「うん、そうだね。直接会って、相手の反応を見るのが一番かもね」
『ふむ。そうか』
確かに、直接会いに行った方が話は早いだろう。中々会えぬ上に、メールというやり取りで相手の顔が見えぬから不安になるのだ。
学生である身であるから、彼氏の所にクラスメイトが押し掛ける金銭を持っておるのかは甚だ疑問であるが、今度会った時にそう申してみよう。私は人知れずうむうむ頷いた。
「遠恋か〜遠恋って大変だろうねー。会いたくても中々会えないわけだし」
『うぬ、確かに』
「で、近くにいる異性に恋しちゃって自然消滅ってパターンになるわけだろ?無理!おれだったら耐えられない」
『まーそのようなケースは多いな』
とりあえずこの話は一旦片付いた形に落ち着いたので、ユーリとの会話に花を咲かせる。…書類?そのうち捌くよ。
「サクラもやっぱり遠恋は耐えられない感じ?女の子ってそうだよね、いつも会えないと嫌とか言ってるし」
『うーぬ。束縛されすぎるのも窮屈だが……私の場合、脱走癖があるからなー』
と、呟けば、目の前でユーリとヴォルフラムが勢いよく首を縦に動かしていて、半眼になりそうだった。
ちらりと自分の机で書類と向き合っているグウェンダルに視線を投げかけたら、生ぬるい眼差しをかち合って――心なしか、善く気付いているではないか。と、言われているような気分に…否、事実思っているのだろう。
とりあえずグウェンダルに向かって頬を膨らませた。私とて、周りから度々説教されたら嫌でも気づくわッ!
『だから、やはり遠距離恋愛よりは身近にいてくれた方が長続きするような気がする』
「ま、まあーサクラの場合はそうかもね」
「へなちょこだしな!」
『む、へちょこではないぞ。ユーリはどうなのだ』
「おれ?おれは、その、えっとーどうだろう」
――あー…私が逆に問いかけてすまぬ。
恋に純情な少年に、特にユーリは同じ歳であるのに他の男子生徒よりも生真面目で、恋に対して初心だ。
だから、私に問われて、途端顔を真っ赤にさせたユーリを前にして、微笑ましく思うのだが――…それは彼の隣で般若のように眼を吊り上げている婚約者殿がおらぬ状況であって、今この場ではユーリに向かって微笑みは向けられぬ。
「ユーリっ!お前はッ!ボクというものがありながら…なにをへらへらしている!?この尻軽がッ!!」
「えぇぇぇぇー!ちょっといきなりどうしたんだよ!!って、それってフットワークが軽いってこと!?」
『…違うと思うぞ』
激昂するヴォルフラムと天然なユーリのやり取りに、私は、聞こえぬだろうと思ったがぼそりと小声で呟いた。
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