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「…たとえ我が罪が重くなろうとも…」


感情を剥き出しにして怒鳴り合う恋次とルキアに反して、冷静な男が一人。途端黙り込む二人を横目に、あたしはなんだか息苦しさを覚えていた。


「駆け寄らずにはおれぬというわけか」


恋次が白哉に、白哉がルキアに意識が向いている今がチャンスだと。

ルキアの道を阻むように立っている恋次の後方に、白哉がいて。その白哉の足元に、赤い血を流す一護が転がっている。石田が倒れている場所から随分と離れてしまった。


『(一瞬でいい)』

「この子供の許へ」

「…兄様…」

『(あたしには、こいつの相手は無理だ)』


――本当に悔しくて仕方ない。

瞬歩で近付き、一護を石田の場所へ運び、生死を確認する。意識が逸れている今なら簡単な行動に思えた。


「…解るぞ、ルキア…」


風の音色を耳で感じて。白哉のルキアへの呼びかけも鼓膜に大きく届く。


「なるほどこの子供は――奴に良く似ている」



パシッ


『っ、!』


一護を抱える前に、白哉に右手を拘束された。――くそッ。あたしはコイツよりも早く動くことも出来ないのか。

握られる右手にかかる負担が強くなり、キッと顔を上げれば、冷淡な両目と絡まったが、それもすぐに逸れた。彼がルキアに目を戻したから。

あたしの行動など容易に想像がつき、易々と捕まられるのだと確実に目が物語っていた。くやしい、くやしい、くやしい。

手の平で転がされて嘲笑われている、こんな苦渋今まで味わったことなどない。

ケンカなんて生易しいもんじゃない……生きるか死ぬかの世界での敗北を味わい、あたしは隠しもせず顔を歪めた。惨めにも、右手に力を入れても、ヤツから逃げられなくて。舌打ちが出た。


「…もう死んでるだの…、誰ソレに似てるだの…、俺のいねー間に勝手に話進めてんじゃねーよ…」

『!い、ちご』


生きてた!

安堵で顔を綻ばせたルキアを恋次が、同じく笑みを浮かべたカンナを白哉が目撃してしまい、二人は眉を寄せた。


「放せ、小僧」

「聞こえねーよ…、こっち向いて喋れ」


明らか敗者でありながら、勝者の服を掴む無様で品のない行為に、自尊心が高い白哉が許すはずがなく。


「そうか」


息も絶え絶えながら余裕な笑みで白哉の死覇装を掴む一護に、嬉しさから涙をうっすら目尻に溜めるカンナを一瞥し、白哉は整ったその顔を不快に染めた。

貴族としての、また隊長としての義兄の性格を熟知しているルキアの顔面から血の気が引いた。


「余程その腕、いらぬと見える」


ルキアとカンナが、白哉よりも早く動く。今度は速く動けた。

ルキアは義兄の裾を掴む一護の手を蹴り飛ばし、カンナは唯一自由だった左手で斬魄刀を白哉の首筋に添えた。


「――!」

「な、なにすんだ、ル…」

「人間の分際で…兄様の裾を掴むとは何事か!身の程を知れ!小僧!」


――きっと、心の中で泣いているんだろうな…ルキア。

震える声音があたしに背中越しに伝えてくれている。白哉から目を離さず、動けば斬るぞと眼で睨み、ルキア達を窺う。

しばらくして、庇われたと理解した一護の喧騒も止み、あたしと白哉以外の眼がこちらに集まった。じっとりとした汗が、背中やこめかみを伝う。一分が長く感じる。やけに喉が渇く、緊迫した空間。


『(怯むな、怯んだ時点でてめぇの負けだ、越前カンナ)』

「…私に」

『っ、』

「刃を向けるか」


一見、無表情に見えて。黒曜石のような澄んだ瞳は、悲しみの感情が滲み出ていて。コイツは敵なのだと何度自分を叱咤しても、斬魄刀を握る両手が震える。

ルキアを連れ去ろうとする敵、一護を重症にして敵、石田に怪我を負わせた敵。敵なのだ。

自分に言い聞かせながら、『これいじょう、一護に近付くな』そう男に添えた。

全然焦ってもない男は、キラリと月光によって光る睡蓮鳥の波紋を見て、あたしを移す。彼がそっと息を吐く仕草が、あたしには苦笑に見えて。余計な考えも捨てろと言い聞かせる。


「獅子寺隊長、止めて下さい。今のあなたでは俺達には敵わねぇ…」

「恋次っ、こやつは姉様ではないッ」


牙を向かれて反応するのは外野ばかり。

余裕がある眼のまえの男が憎たらしい。

まっすぐとあたしだけをその目に映す彼が苦手だ。まるで私が彼を斬れないだろうと言われているようで癪で、斬らないと信じているとも言われているようで意味がわからなかった。


「再び逢えただけでも…由とするか」


言い合う恋次とルキアを、白哉の呟きが止めた。

それは彼等にではなくあたしに送られたらしく、集中する視線に、もうわけがわからなかった。ただあたしは一護に近付かないと牽制して、ルキアと石田を連れて帰ればそれでよかった。のに…なんでか意味が分からない方向へと話が転がる。

いや、待てよ…と思い留まる。

ちゃんとここで否定しておかなければ、後々厄介になりそうではないか?


『待て。あたしは、お前が知る死神じゃない』


すうっと視線が再び絡み、どきりと心臓が跳ねた。


『獅子寺カンナとやらではない、あたしは越前カンナだ』

「えちぜん」

『そう。あたしはお前らが知るカンナじゃない、“前の”あたしは死んだんだ』


ぐっと不機嫌そうに寄せられた眉間の皺。

揺らぎそうになるのをぐっと堪えて、あたしは彼の返答を待った。


「少しは覚えているのだろう、後ろの義妹の事を思い出しているのではないか?お前はお前だ」

『…あぁ。そうかもしれない、あたしはあたしだ。けど、守りたいものも育った環境も何もかも違うのは無知なあたしにも分かる。――それだけで別人だって分かんでしょ』


後半は、傾聴している恋次にも投げた。投げやりな物言いで。

息の荒い一護の呼吸の仕方が、生を教えてくれていたから、幾分か冷静になれた。

首筋に睡蓮鳥を突き付けているのにも目もくれず、掴んでいた彼女の右手を引っ張り――…彼女が足で自身の身体を支える前に、白哉はカンナを優しく抱きしめた。

斬魄刀が彼女の手から離れて地面へと落ちた音が周囲に響いたのも、薄皮一枚は切れてしまったのにも、対して気にする事案ではなかった。


『――っ、なっ、は、』


放せと言いかけて、言えなかったのは。

耳元で、「何故、私を覚えてない。何故、私を他人を見る目で見る」、苦し気に吐息交じりに囁かれたから。あたしにしか聞こえない音量だった。

見ているだけでこっちが切なくなるような貌で、聞いてるだけでこっちが苦しくなるような声で、あたしを責める。

他人だと突き放せない自分が恐ろしく感じ、慌ててあたしじゃないからと声を上げれば、首筋にチクりと針を刺されたような痛みと、


「私を憎め」


心なしか楽し気に彩られた黒曜石に、


「私しか考えられなくなるほどに」


は?しか返せなかった。なんと色気のない。


「ルキアを守れなかった悔しさと憎しみながら、人間の生を終えればいい」

『、はっ、』

「その時に迎えに来てやろう」


時間差で何を言われたのか、咀嚼する。


「全てを忘れた…兄が、その顔にどんな感情を刻むのか……今から楽しみだ」


雰囲気は甘美で、囁きは冷たく残酷なモノに聞こえて。

でも、彼の瞳が優し気に下がっているのは、果たしてあたしの見間違えなのか…。答えはきっと――…知ってしまえば、逃げられなくなる。


『……ルキアッ!』

「…すみません、姉様……一護を…いえなんでもありません」

『まっ、る――っ、』


赤髪が刀を使い、見たこともない円形の襖を宙に作り出し、闇へ消えようとしていることから。ああ、アレが尺魂界とやらの出入り口なのかと独りごちた。

ルキアもまた罪人扱いされて帰ればどうなるかなんて詳しく知らないあたしだって想像がつくのに、抵抗もせずに続こうとしていて。あたしは白哉を無視してルキアに手を伸ばしたんだけど――…、





「お久しぶりです。――獅子寺隊長」


腹に衝撃を感じて、ブラックアウト。

完全に瞼が閉じる前に捉えた光景は、褐色の肌で銀髪の死神の男が、あたしの視界を遮るように立ちはだかった、不敵な笑顔だった。

誰だ、という問いも、意識が沈んで無意味なものになり。結局、ルキアを引き留められなかった。後悔だけを残して、死覇装を身にまとった褐色の男の面差しを、目が覚めた時にも忘れないように必死に脳裏に刻んだのだった。





(口ぶりからして)
(味方なのだろうか)

to be continued...

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